→繋がり 2

繰り返し

ふと、夜中に目覚めると、眼前に見知った男の顔があった。こんな瞳で見詰められれば、誰でも起きる。そう思うほど熱っぽい視線で、しかもどちらかと言わずとも美形に分類される男に凝視されていて、竜馬は思わず幾度も瞬きをした。
『は…』
『…顔に、ゴミが、ついていた』
だが、隼人、とその名を呼ぼうとした瞬間、彼に先を越された。
『ゴミ?』
『もう取れた。あんまり気持ち良さそうに寝ていたんで、起こしてはいかんと思ったんだが――悪かったな』
『…お、おう?あんがと』
『礼を言われるようなことは、していない』
どこか腑に落ちないながらも礼を言うと、隼人は何故か不機嫌そうな顔になった。
彼は竜馬のベッドの端に腰掛けていた。おそらく用を足しにでも起きて、寝所に戻ろうとした時に自分の顔についている糸屑にでも気づいたんだろう。竜馬はそう一人合点した。
『…びっくりしたぜ、顔、くっついちまいそうな距離だったから』
気まずさを誤魔化すように、すこしおどけて笑うと、隼人は今度は、酷く何か思い詰めたような表情を見せた。
『隼人?』
『…くっつけちまうか…竜馬』
思わずドキッと心音が高鳴る程の、掠れた低音が囁いた。よく知った声なのに、全く知らぬ他人のものにも思えるその響きに、竜馬は虚を突かれたように固まった。
『はや…ひゃっ!?』
突然顎を持たれ、顔を上向きに固定された。真上に隼人の顔があり、先程と同じ熱っぽい瞳がじっと竜馬の瞳の奥を覗いた。
『竜馬…』
『やっ、ふ、ふざけんなよっ…何すんだよっ』
隼人の顔が、鼻先が触れあうほどの距離まで近づく。このまま隼人が顔を下ろせば、間違いなく唇と唇が合わさる。それに気づいた瞬間、竜馬はカァアッと胸が熱くなった。
おそらく時間にすればほんの一瞬だったが、竜馬には酷く長く感じられた。このままじゃキスされる。それは解っているのに身体が動かなかった。そっと瞳を閉じた隼人の相貌は表情が消えた分いつもよりも更に整って見え、その睫毛が存外長いことに気づいた瞬間、竜馬の心臓はドク、と高鳴った。
やばい。だめだ。でも抵抗しなきゃいけないのに出来ねぇ。ていうかなんで俺、隼人にこんなにドキドキしてんだよ。このままじゃ唇くっついちまう。隼人はどーゆーつもりかしらねぇけど、俺、キスなんてまだしたことねぇのに――こんな、こんなの。
『っ…や…』
様々な思考がぐちゃぐちゃにこんがらがって、自分でも情けないと思う程小さな、まるで手込めにされる生娘のような震えた声が出てしまった。竜馬は悔しさと羞恥と、訳のわからない恐怖にぎゅっと瞳を閉じた。
『……?』
だが、触れてくるかと思った唇はいつまでたっても落ちてこなかった。そっと、顎を捕んでいた指先が離れていって、竜馬はおずおずと瞳を開いた。
『…はや、と?』
隼人は、半身を起こして竜馬に背を向けていた。
『…冗談だ』
『じょうだ…って、てめ』
『すまない…今のは、忘れろ』
冗談ならからかいの言葉くらいあってもいいはずなのに――というより、皮肉っぽい彼ならばむしろあって然るべきなのに――やけに沈んだ声で隼人はそう言い残し、自分のベッドに戻った。
あまりに真剣な声で言われて、竜馬は何だか、怒ることも詰ることも出来なかった。ただ、その背は何故か、今までで一番遠く見えた。

なぜ、今さらこんなことを。最近思い返すことの多い、研究所に詰めていた頃のどこか危うい思い出をまたも記憶の中から取り出して眺めながら、竜馬は烏龍館門前の掃き掃除を続けていた。
麓の町より一層冷たい風が吹き、木々が枯葉を止めどなく降らせる季節になっていた。もう少しすれば恐らく、降り積もるものは雪に変わるだろう。
どうせ山の中にある道場なのだから、やってもやらなくてもそうは変わらない。それはわかっているのだが、一応正門前ぐらいはそれなりに見映えを整えて置きたかった。それに、今日は彼が来るのだ。
先程まで思い出していた研究所時代の或る夜を再び脳裏に浮かべて、竜馬は我知らず自分の指先を唇に宛てていた。結局触れはしなかったが、あの時口付けていたら、彼の唇はどんな味がしたのだろうか。
そんなことを考えてしまうのは、あれから随分と時が立ち、昔と違い幾らか経験もある今でも、あの時の何かが侵されてしまいそうな胸の高鳴りがどうしても忘れられないからだった。
それに、前回隼人がここに泊まった夜、またも似たような事があったのだ。
だが、今度はまだ青くさい年頃だったあの頃とは何もかもが違った。そもそも、竜馬の隼人に対する感情も、あの頃とは全く変わっていた。
二人とも酒が少し入っていて、座卓の横に敷いた竜馬の布団に隣り合って座っていた。話の狭間、グラスを一度離して布団の上につこうと思った手が、偶然そこに置かれていた隼人の手の上に重なった。
『あ…わり…』
グラスで冷えてしまった手が当たってしまったことを謝り、竜馬はさっと手を引こうとした…のだが。
『冷えてるな、竜馬』
『そ、そりゃ酒のんでっしな…ぁ』
その手を取られ、逆に隼人の手のひらで包み込まれた。
『こうすれば、少しは暖まるか』
『は、隼人…』
ただ、体温を確認されているだけだ。必死にそう思おうとしたが、どうもうまくいかなかった。勝手に頬が熱をもつ。少年でもないのにこんな、と己の反応を恥じらえば、それだけ更に頭に血が登ってしまう。隼人に握られている指先よりも、頬の方がずっと熱くなってしまい、竜馬はあまりのことになにも言えなかった。
『っ!』
ひや、とした感触が火照りきった頬に触れた。それが隼人の、グラスを持っていた方の手のひらの温度だと知って、竜馬は思わず目を見開いた。途端、自分の反応をじっと見つめている隼人の顔に突き当たる。
変わったと思う。あの青年の頃よりも、隼人のまなざしはずっと鋭い。元より表情から思考を読み易いタイプの男では無かったが、一切の甘さが捨て去られたその相貌からは、彼が自分と離れてからどんな時を過ごしてきたのかが察せられた。だが、瞳の一番奥にあるものは変わらない。そして、その変わらない部分があの夜よりずっと正直に、竜馬に想いを語りかけていた。
今までも、全く感づいていない訳ではなかった。隼人が己を見つめる度に、笑いかける度に、肌に触れる度に、竜馬はその想いの密さを感じとってはいた。
昔はその都度、えも言われぬ緊張感に身体を強ばらせていた。もちろん今も緊張する。だが、その理由は未知の感情をぶつけられて困惑するからではない。どうしようもなく胸が痛くなり、堪えきれない想いがあふれてしまいそうになるからだ。
一体いつからこんなことになってしまったのか。それは竜馬にとっては酷く曖昧だった。ただ、再会の後、彼が少しずつ自分に対して感情を見せてくれるようになる毎に、嬉しくてしかたがなかった。
隼人が酷く多忙なことは知っている。そのけして多くはないだろう休みのいくつかを、ここに来るために使ってくれているのは、竜馬にとっては幸せなことだった。彼が来る時には、食事の当番も買って出てしまうほどに。
最近では彼が来るといった瞬間に、弟子達に今夜の献立はあれですか?これですか?と隼人の好物をあげられ、少し恥ずかしいのも事実だ。だが、彼にはできるだけ喜んでもらいたいので仕方がない。喜んでもらって、居心地が良い場所だと思ってもらって、また来てもらって…。こんなことを願う理由は、絶対に一つだけだ。
『…隼人』
名を呼んで、頬に当てられた掌を空いている方の手で上から包む。隼人の眼が、驚きに少し開かれた。
『意味をわかってやっているのか?――図に乗るぞ』
『…ん』
図に乗る。その言葉の意味を察して、竜馬は耳がかあっと熱くなった。だが、けして抵抗はしない。こくりと頷き、そして待つようにそっと瞳を閉じた。隼人が何かを望むのならば、そしてそれが自分が彼に与えられるものならば、全てやりたかった。
暫く、隼人は動かなかった。こんなに頬が熱くなっていることを知っている癖に、焦らすように動かない彼に、竜馬の心臓は焦りと羞恥でどくどくと波打った。
頬に宛てられていた掌がゆっくりと竜馬の輪郭を滑る。竜馬は彼の手に触れていた掌を下ろして、されるがままになっていた。
『…っ!』
ふに、と下唇を親指で柔らかく押され、肩が跳ねる。
触れている。隼人の身体が、自分の唇に。そのまま感触を確かめるように、するすると下唇を指先で撫でられた。じんじんと、触れられた場所がもどかしい、痺れるような熱をはらんでいく。
この接触に、間違いなく竜馬の心は喜んでいた。
もう、どうでも良い。男同士だとか、立場がどうだとか、普段この感情についてあまり深く考えないように自縛してきた理性の鎖は、今はすっかりほどけていた。まるであの日の続きのように――いや、今度は竜馬は、確かに隼人の唇を待っていた。

(っとに、だからあんなやべーじいさん達と関わんなっつったのによ)
ある程度掃ききった門前を見渡しながら、竜馬は心中毒づいた。
両手で頬を包み込まれて、確かに、隼人の唇の温度を感じた。本当に触れあうそのすんでの時、隼人の携帯から『敷島ラボからの発火』を知らせる着信音が鳴り響いた。
『……すまん、他に事態を押さえられそうな者が現場にいない…行く』
『お、おお、大変だな。気ィ付けろよ?』
すっかり憮然としてしまった隼人を、突拍子もないこと続きでどこかぼんやりとしたまま送り出した。すんでで止められた口付けのことには、お互い触れなかった。あれから三週間ほどたった今朝、隼人から今夜行って良いかという電話があったが、その会話の中でもお互いその一瞬のことには触れなかった。
もし、あのまま口付けていたらどうなっていたんだろうか。場所はお誂えむきにも布団の上だった。隼人の『図に乗る』という言葉は、一体どこまでのことを指していたのか。
なんだかいけないことを想像してしまいそうになり、竜馬はブンブンと一人左右にかぶりを降った。
「あ、師範…ここにいたんですか」
「っわ!と、突然話しかけんなよ」
背後から弟子の一人に声をかけられ、竜馬は驚いて振り向いた。
「あ!し、師範!良いんですよ掃き掃除なんて私どもがやりますから!…どうされたんですか、珍しい」
まだ年若い弟子は、素直に目を丸くして驚いていた。確かに、師の身の回りの世話をしながら一番近くでその技や所作を学ぶのが内弟子の本分だ。
「あ、あぁっと…じゃ、あと頼む。俺ぁ買い出し行ってくっからよ」
「買い出しなら二日前ゼンさんが行ったばかりじゃ」
「え、あ、そ、そーだったか…」
何故かちぐはぐな返答をする師に不思議そうな表情を浮かべる弟子に、竜馬はひきつった笑みを返すことしかできなかった。

繋がり

部屋の戸を開けて、隼人は僅かに目を見開いた。
「なんだ、今夜は飲まないのか」
烏龍館に到着したのは、随分と夜分遅くだった。出る前に軽く食べようかと思ったが、取っとくからさっさとこいと言われたのでその通りにした。竜馬がとりおいてくれていた夕飯を有り難くいただいて――今回もまた、隼人の好物だった。竜馬の弟子から話を聞いてから、どうもその事実は隼人にとってむず痒く、竜馬の弟子達はどういう思いでこのメニューを食べているのかと思うと少し申し訳がない気もした――湯をもらって竜馬の部屋に入ると、いつもはある筈の座卓が出ていなかった。
「あ、飲みたかったか?」
「いや、俺はいいが…どうした?珍しいな」
平然を装って訊いてはみたが、隼人は、手のひらに嫌な汗が湧きかけるのを感じた。まさか、前回の『あれ』のせいで、酒を入れるのを警戒されているのか。
はじめは、弟子の言葉が本当なのか、それが気になって少し直接的な行為に出てみただけだった。ところが、頬に手を添えた時、竜馬はまるですべて同意の上だとでも言わんばかりに瞳を閉じたのだ。その反応に興奮して、そのまま口づけ、あわよくば布団の上に押し倒してしまおうと思ったのだが…。
(やはり、バチがあたったのか… )
らしくもなく、隼人はそんなことを思っていた。無抵抗だったとは言え、あまりに突然すぎる行為だった。本意を確かめることもせず、一方的に彼を貪ろうとした。いくら長い長い渇きが癒されそうだったとはいえ、卑怯なことをしようとしたと、基地に戻ってからずっと後悔していた。
「りょう…」
「あ、あのよ!」
お互いの声がかさなり、後には奇妙な静寂が訪れた。
「なんだ?」
口火を切ったのは隼人の方だった。
「…とりあえず、んなトコに立ってんのもなんだろ、座れよ」
「あ、あぁ」
ひょい、と竜馬は、自分の座っている隣の布団を指差した。
確かに立ったままでいるのもなんだと、隼人は言われた通りそこに座を降ろす。すると、竜馬はくるりと隼人の方に身体を向け直した。
「…」
暫く、竜馬はじいっと隼人を見詰めていた。
「竜馬…」
竜馬が自分の表情を観察しているのは解る。気まずさに、隼人は視線を動かした。しかし、ふいと竜馬の瞳より下に向けた視線の先には、先日味わい損なったふっくらとした唇が待っていた。湯を浴びてからそう時も経っていないだろう、竜馬のそこの瑞々しい表情。指先で触れれば、予想していたよりもやわらかな感触が返ってきた。その事を思い出して、隼人の眼は竜馬の唇に釘付けになってしまった。
その唇が、ふと開いた。
「こないだ、帰る前よ…その、おめぇ、えっと…」
「あぁ、すまなかった」
言わんとしていることを察し、確信に触れられる前に、隼人は謝罪の言葉を口にした。
途端、竜馬の目が驚きに見開かれる。その表情はみるみるうちに、怒りのそれへと変わっていった。
「…!す、まなかった…ってなんだよ!てめぇ、また忘れろとか言うんじゃねぇだろうな!」
「違う!」
「っ、じゃぁ、なんでンなこと…」
身をのりだしかけていた腕を捕まれ、瞳を見据えられ、竜馬は言葉を失った。有無を言わせず相手を黙らせる鋭い熱が、隼人の眼差しに宿っていた。
「もう、忘れろ等とは言わない。ただ、間違えたと思ったんだ」
「まちがえたって…?」
「お前に確りと、想いを伝えていない」
「…ぁ」
手を引き、隼人は向かい合った竜馬を己の腕の中に引き寄せた。
素直に胸の内に収まる竜馬の背を抱く。
ドクドクと、心臓がわずらわしい。だが、だからこそ竜馬といると隼人は、自分が確かにこれを持っている、血の流れている人間だと実感できる。
「愛している。口付けたい…」
「っ」
なんとか平静を装って伝えようとした言葉の語尾は、いかにももどかしげに小さく掠れた。
その事で言葉に込められた熱を感じ取ってしまい。竜馬の頬は赤く染まる。
「お前にそれを、今度こそ伝えたかった…それなのにあんな風にずるい真似をしかけたんだ。俺が悔いているのは、その事だ」
言って、隼人はそっと腕の中にある竜馬の後ろ頭を撫でた。少しうつむいた竜馬は、暫くは隼人の言葉を飲み込むのに必死な様子だった。
少しして、隼人の首に竜馬の腕が回された。
「そ、そんなん、別に俺とお前だったら今さらだろ…俺は別に、あのままキスしたって…」
「そのまま押し倒されて俺に無理矢理抱かれても良かったと言うのか?何の確認も無しに?」
聞きようによっては投げやりにも取れる竜馬の言葉に、大切にしたい思いの分だけ、返す隼人の声音は刺を含む。
「…あ、…う…」
竜馬とて既に子供ではない。隼人の持つ欲の意味は察していた。しかし、改めて言葉にされると何だかとんでもないことのように思え、一瞬息が詰まった。だが。
「…それでも、かまわねーよ」
「!」
「おめぇは…俺の知ってるおめぇは、ぜってえ、冗談とかでンなことするやつじゃねぇ!解ってたんだ…俺は、あん時も…だから」
研究所のあの夜も、隼人の眼差しは真剣だった。どんなに冗談で済まそうとしても、忘れようとしても、あの瞳がずっと竜馬の心のどこかを射止めていた。
「竜馬…」
「だから、別に突然だって、俺は…」
「駄目だ」
抱き込まれた耳元で囁かれ、竜馬はびくりと身を震わせた。
「――優しく、したいんだ…」
その言葉に、竜馬の表情は場にそぐわない程の驚きの形に変わる。
「やさっ…俺みてぇなオッサンになに言ってやがんだよおめぇ!うわ!」
本来到底この年の、しかも十二分に頑丈で屈強な男にはかけられない筈の言葉に、竜馬は羞恥の余り慌てる。そんな竜馬の驚愕を無視するかのように、隼人はその背を更にしっかりと抱き、そのまま布団の上に竜馬の身体を押し倒した。随分と強引な行為のはずだったが、手管は言葉の望む通り優しかった。
「したいと思っているだけだ。おそらく実際は、酷いことをする」
「ひど…?」
「一度良いと言われたら、お前が嫌がろうが泣こうが、止めはしない…本当に、良いのか?竜馬」
押し倒され、見下ろされているのは竜馬なのに、すがるような瞳をしているのは隼人の方だった。
真剣な眼だった。その瞳の中に、竜馬は今までの隼人との繋がりの全てが映し出されるのを見た。高校生の頃、初めて出会った時。ゲッターを駆って、人類に降り掛かろうとする大いなる脅威と闘うと決めた時。幾つもの生死の境。彼の思いのほのめきに触れた夜。遠く離れた友の死に慟哭し、そのまま白い閃光の世界に消え入りそうになった意識を、抱き止めてくれた、誰かの腕――。
「好きだ」
ぽつり、と竜馬の唇から、本当の言葉がこぼれた。
「好きだ。隼人…離れたくねぇ」
胸が熱い。心臓の上に広がる傷痕が、竜馬の想いに呼応するように、うっすらと紅く色づく。燃えさかる羽根を持つ鳥が、大きく翼を羽ばたかせた姿にも似た様だった。寝衣の袷から覗くその色に、隼人は息を飲んだ。
「…竜馬」
隼人の掌が、竜馬の頬に触れる。意を決した事を伝えるように、確りと。
はやと、と名を呼び、竜馬は一度、いつものように気丈に、彼に笑いかけた。そしてそのまま、彼の唇を待つために瞳を閉ざす。
「…ん」
今夜こそためらいなく、隼人の唇は竜馬のそこに辿り着いた。
「ん、んん…」
逃がすまいとするかのように、竜馬は隼人の後頭部に腕を回す。
じんわりと唇同士を触れあわせた後、幾度か啄むように口付け、隼人は一度口唇を離した。
「ん…もうかよ?」
てっきり舌同士まで絡め合わせるものと思っていた竜馬は、呆気なく離れた唇にぽかんとした表情をする。
「終わりなわけないだろう。むしろ、これからだ」
「あ…」
再度、唇が重なる。今度は先程の確かめるだけのものとは違い、すべての熱を持っていこうとするような口づけだった。
「ん、んん…んっ!ふぁ、あっ…まっ…んんぅ!」
舌が入ってくるところまでは覚悟はできていた。しかしその後の隼人の奔放な動きについていくことが出来ず、竜馬は思わず制止の声をあげる。しかしそれを振りきり、隼人は接吻を続けた。
「っん…ふぁ、あ…んっ!」
経験したことが無い、深い口づけだった。トロトロと濃厚に絡めとられて、自分でも信じられないような声が漏れて、竜馬は翻弄される。
「ん…んぁ、ふ…」
随分と長い間口腔を舌先で愛撫された気がする。彼の咥内にも誘い込まれ、竜馬もまた隼人の舌腹や歯列をおのが舌で知った。その間も竜馬の粘膜は彼の舌に刺激されっぱなしで、火照るような口づけの後には、お互いの口唇の間につぅ、と銀糸がひかれた。
「はぁ、は、はやと、おめぇ…容赦ねぇ」
普段の取り澄ました様からは考えられない様な、執心と獣性を剥き出しにした愛撫に、竜馬は既に息を荒げている。
「言ったろう、酷くすると…嫌か?」
苦い笑みを浮かべながら、隼人は竜馬の唇の端に残ってしまった唾液を指先で拭った。その仕草は優しく、隼人のどこか辛そうな表情とも合間って、彼が慈しむように触れたい心と、荒々しく奪いたい本能の間で煩悶していることが竜馬にも伝わった。
どちらも欲しいと、竜馬は思った。ひどかろうが優しかろうがどっちでも、したいようにめちゃくちゃにすればいい。心も身体も、そんなことで壊れてしまうようなヤワな鍛え方はしていない。
だが、ほんの僅かだけ、初めての情事へのためらいがあった。そう思うこと自体がもう恥ずかしかったが、この部屋の明るさがどうも落ち着かなくてしょうがない。一つだけ望む我が儘を聞いてもらうため、竜馬は唇を開いた。
「電気…」
「ん?」
「電気、消してくれよ…そしたらもー、何でも、おめぇのしてえようにして、良いぜ」
言って、ダメ押しのように、竜馬は隼人の頬に口付けた。暫し驚いた表情を見せた後、隼人はふ、と柔らかくほぐれた笑顔を浮かべた。
程なくして、二人の部屋から明かりが消えた。
暗闇の中に、竜馬の堪えきれぬあえぎと啼きの声と、お互いの想いを確かめあう言葉が、響き続けた。

夜が暇を告げて日が昇る頃、先に起き出したのは明け方には目覚める習慣がついている竜馬の方だった。
「…ん」
宣言通り、散々好き勝手された下半身のけだるさよりも先に、掌の暖かいことに意識がいった。ふと見ると、向かい合ったまま同じ布団で眠る隼人に、布団についている方の手を握られたままだった。
「…う」
長年友だった相手との関係が、たった一晩でこんなにも変わった。それを示すような甘ったるい事実に、竜馬はむず痒い心地になる。
本当に、いいんだうか。
竜馬には詳しいことは解らないが、隼人は組織の中でそれなりに確りした地位を築いている男だ。それが俺が相手でいいのか。見合いの話とか、俺に言わないだけで来てるんじゃないのか。これからも来たりするんじゃないのか。
一夜明けて冷静になった脳が、今更現実的な事を考え始める。
隼人に言えば『こんなに長い間待ってもまだ信じてもらえないのか』と悲しまれそうな杞憂だった。だが、まだ昨夜想いが通じあったばかりで、目の前の男の並々ならぬ執着心とこれと決めた相手への深情けを知らぬ竜馬は、宣言通り好き勝手にしたが、同時に宣言通り思い切り優しくもしてくれた彼の心を失うことを恐れ始めていた。
(前は俺から勝手に飛び出したのに、バカ見てぇだな)
今更色々考えている自分が自分でも可笑しくなり、竜馬は苦笑して気を取り直した。起こさないように気を付けながら、空いているほうの手で頬に触れてみる。昨晩夜目で見てうっすらと浮かび上がっている気がした鼻筋と顎の傷は今は見えず、竜馬は安堵した。
起こそうかとも思ったが、見たこともないほど安心しきった寝顔を見せる彼を見ていると、その気は削がれた。
(…まだ時間あるし、もうちょっとこのままでも良いよな)
思って、竜馬は隼人に握られている掌の向きを変え、自分からも握り返す。
温もりで実感する、隼人との新しい繋がりにはにかんだ笑みを浮かべた後、竜馬はそっと瞳を閉じた。

—————————–
2015.01.06 UP

気が付いたら、裏にはいっぱいネオゲのSSがあるのに表には一つもなかったので、ち、ちがうから!エロ担当とかそういうこと思ってないから!みたいな気持ちで書きましたが、結局最後いちゃいちゃしたよね…。
ネオゲでは烏龍館EDぐらいでしか出てきてませんが、なんかサーガより随分財政状況マシっていうイメージです。公共料金はギリギリ払えてるぐらいの。

イラスト・マンガ 一覧

一般向けの
・イラスト


・まんが

腐向けの(隼竜・竜馬受メイン)
・まんが&イラスト系


・日記ログ

そのほか
なんちゃってゲーム紹介ページ
着せ替えリョウ君

SS一覧

SS一覧

SSS一覧

クロスオーバー系SS / OVA&サーガ越境ネタ(設定はこちら)