こころがわり (サーガ初期。隼人と竜馬)

※隼人が竜馬の顔の傷に薬塗る話です。
そして武蔵の死と竜二の死の話が出てくるものの扱いきれて無い感。すみません。原作準拠とはいえ死ネタ注意です。
あと、去年発売されたオリジナル版で戻ってきた隼人の台詞とかいろいろごったに。

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こころがわり

鼻筋から、斜め下に切り下ろすように。両目の下に、涙の筋跡のように。そして、ふっくらとした下唇を痛ましくひき裂き、そのまま顎へと。
一つ一つのラインを、隼人はゆっくりとなぞっていった。彼がここにいることを確かめるように、彼の傷が一刻も早く癒えて欲しいと、祈るように。
「ーー終わったぞ、竜馬」
「ぅうー、べたべたして気持ちわりぃ…」
軟膏特有の皮膚がベタつく感触に、竜馬はむずついた表情を見せる。
新たなる敵、百鬼帝国にゴールの命を横捕りされたあの日から、二週間程がたった。研究所は表面的にはすっかりもとの通りだ。だが、竜馬の顔中に残ってしまった傷は、未だ痛ましい痕となって残っている。
「治りかけが一番むずむずするもんだ。引っ掻くなよ」
「わかってるよ!っとに、ほっときゃなおるのによぉ」
ベッドの上であぐらをかいたまま、竜馬はむくれる。
『きちんと毎日寝る前に塗れば、痕にならず、きれいに治りますよ』
そう言って医者から渡された塗り薬を、しかし竜馬はあまり使いたがらなかった。
理由はいくつかあった。元々、薬の類いは好きではない。軟膏のベタベタした感じも苦手だった。自分の皮膚がそんなにやわだとも、思いたくなかった。
だが恐らく、一番の理由はーー。
「ちゃんと塗れば跡も残らないと言われただろうが。サボるな」
「……構わねぇよ、残ったって」
この傷痕まで無くなれば、本当に過去になってしまいそうだ。
つい最近まではもう一つベッドがあった筈の空間を見やりながら、竜馬はなげやりに呟いた。
「リョウ…」
俯く竜馬を見詰めて、隼人もまた表情を曇らせていた。
薄々感付いてはいる。竜馬が傷を治したがらない理由は。
だが、感づいていたからこそ隼人は、彼が軟膏を塗っていない時には自ら世話役を買って出ていた。

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決して忘れないが、引きずらないようにしよう。
振り向けばそれだけ、敵に遅れをとるのだから。
二人でそう決めたのは、チリュウ帝国の最期を見届けてから数日たった後の夜だった。
最終決戦までの訓練の間と、百鬼帝国に一番の獲物を横取りされて息巻いていた数日は、竜馬は泣き言など一言も言わなかった。
寧ろ、瞳は友の仇討ちに向けてギラギラと輝き、彼の闘争と言う名の性は常以上にメラメラと燃え立っているように見えた。
それが、正式に研究所に帰り、チームの寝室で二人で就寝するようになってから数日後だ。彼の、はりつめていた強気のたがが瓦解したのは。
そしてそれは、隼人もまた同じことだった。

恐らく、彼の目元に大きな傷が残っていなければ、隼人は眠ったふりを続けて、友の無念を晴らせなかったことに涙を流す彼の矜持を守ってやれただろう。
だが、ごしごしと強く目元を拭ったのだろう音が聴こえて、隼人は起き上がらざるを得なくなった。
『リョウ…リョウ、やめろ…傷にさわる…』
『…!』
彼のベッドに乗り、自分に背を向けて眠る腕を掴み上げた。
驚いたように振り向く竜馬の、闇夜でもわかるほどに赤く充血し濡れた瞳。目元の傷が開いてしまっていて、裂けた皮膚からも赤い血が流れ出ている。まるで、涙のように。
痛ましい赤だった。
違う。こいつに似合う赤は、もっとーー。
動揺する隼人に、竜馬が唇を開いた。
『…わ、りぃ…』
『リョウーー』
今まで聞いたこともない、消え入るような声だった。
『俺が、記憶さえもどってりゃ……あんな…』
『ッーー』
やはり。
彼が何を悔やんでいるか、隼人に解らぬはずが無い。
しかし、悔やんでいるのは、隼人とて同じことだ。
『自惚れるなよ、リョウ』
『……はや、と』
『お前一人のせいなものか。……俺がーー俺が、しっかりしていればーー』
『…』
見上げた隼人の表情を見て、竜馬は息を飲み固まっていた。

見ていることしか、出来なかった。
竜馬の記憶をこの手で戻してやることも、武蔵を止めることもーーましてや、ゲッターと共に死ぬことも、出来なかった。
無様だ。あの時の自分は滅茶苦茶だった。
これで最期だと勝手にそう決めてかかった時、残った未練は己でも驚いたことに、リョウに自分を思い出させることだった。
足りなかった。一度は死んだと思われたその身体が戻ってきて、もう一度彼に会えて、それなのに、それだけでは足りなかった。 その目が自分の心を映してくれないことが、どうしようもなく虚しくてやるせなかった。
『なぁ、隼人』と屈託なく、当たり前に己の名を呼ぶ竜馬にもう一度会わずに死ぬなど、向かう前から地獄にいるようなものだと隼人は思った。

ーー死ぬ前に俺を、思い出してくれよなーー

俺もお前もどうせここで終わる道行きならば、せめてもう一度よく知ったあの声音で、俺を俺と、神隼人と認識して名前を呼んでくれ。
そんな、余りにも一方的でエゴイスティックな欲。それを何もわからなくなってしまった状態の彼にぶつけた。竜馬もそれを望んでいたとは言え、ミサイルの雨の前に躍り出た彼を止めもせず追随するとは、冷静になって考えれば狂気の沙汰だ。
隼人自身にも今でも解らない、あの時流竜馬という存在に覚えた異常な執念。
いや、あの時だけではない。彼が死んだということも、隼人はどうしても受け入れられなかった。死は只の死だと、あの時まではそう思っていた筈なのに。
自分の命にすら、それが目的のために必要ならばそこまでの執着は持たない。それなのにあの時、竜馬が自分の手の届かない場所に行ってしまうのは、どうしても納得できなかった。
そうだ。理解できないのではない。納得できないのだ。理解する理由も、必要性も無いのだ。俺とこいつは繋がっている。そうだろう。何がどうなろうと、どんなに離れようと、絶対に俺と竜馬は絶ち切られてはならない。絶対に何らかの形で『繋がっていなければならない』のだ。
隼人自身今は理解していなかったが、そんな流竜馬に対する常人とは異質な執心は、確かに彼の中でずいぶん昔に既に萌芽していた。

武蔵の判断が、あの場で選ぶことの出来る選択肢の中では有効なものの一つであったこともーー断定したくはないが、それしかない一つだったかもしれないこともーー解っている。
しかし、それを彼一人に成させてしまったことも隼人は悔いていた。行かせたこと自体も悔いていたが、そんな終わりがあるなら、それで竜馬や博士を含めた他の人々の命を少しでも永らえさせることが出来るなら、自分にも教えて欲しかったと思ったのも事実だ。
しかし、何かのために自分の命を捨てる道は、隼人の前では堅い門に閉ざされていた。そしてその門は、時折彼にその先にある、ある種甘美な死の幻想を想起させながらも、それから先も永遠に開くことはない、残酷な代物だった。
そして、隼人は行けなかったーーこれから先も随分と永く、行けぬまま闘い続ける事となるーーその先へ、武蔵は一人で行ってしまった。

残されたのは、何一つ成せなかった自分だ。それでも、隼人には帰ってきた。竜馬が、帰ってきてくれた。
武蔵の形見を抱いて泣く彼を迎えにいった時、竜馬は隼人を見て、そして、確かにしっかりと、名前を呼んでくれた。
例えその直後、怒りと悲しみに濡れた瞳でなぜ武蔵を行かせてしまったのかと訊かれても、嘆く彼にすまないと返すことしか出来なくても、隼人はあの時確かにほんの僅かな、しかし生きていくためには不可欠な救いを獲たのだ。

『それでもーーそれでもリョウ。
俺は…お前が、生きていて良かった』
だから、隼人はそう言った。
武蔵の死は悔やんでも悔やみきれない。竜馬ともう一度友として話をさせてやれなかったことも、仇を返せなかったことも、なにもかも、全てが無念だ。
それでも、だからこそ、この喜びは消してはいけないものだ。
そう確信し、泣きはらした瞳の竜馬から視線をそらさず、告げた。
暫しの間呆けた表情を見せていた竜馬だったが、やがて、何かのたがが外れたかのようにその唇が戦慄き、小さな嗚咽が零れた。隼人の瞳から、遂に堪えきれぬ涙が一筋流れ落ちたのと、ほぼ同時だった。
その夜の顛末は、お互い誰にも話したことはない。二人きりの時にも、その後一度もその時のことについてを口にしたことは、隼人も竜馬もついぞ無かった。
しばらく後、頻繁に枕を共にするようになってからも、それから更に永い先、遠い未来に、また同じ時を共に生きるようになってからもだ。
ただ、肌を抱くことで相手が確かに生きてここにいることを確かめることは、その時の二人にとって、間違いなく必要なことだった。

——————-

あの夜確かに何かが、燃え落ちるべき何かがきちんと燃え落ちた。
それでもまだ、はらはらと散った火種が燻って、傷痕に留まっていた。
だがその火種も、今日消えた。

竜馬は、隼人の病室の前に立っていた。
病室といっても重体な訳ではない。以前指揮していた革命組織の残党に囚われていた隼人は、これといって目立った外傷もなく帰還した。それでも一応大事をとって、数日は隔離室で様子を見るようだった。
それに、外傷はなくとも心の方はーー。
(まぁ、参ってる…よな)
友だったと、隼人は言っていた。
「隼人、入るぞ」
数度ノックをして、竜馬はドアを開ける。
「あぁ…リョウ」
隼人は、ベッドの上で半身を起こし本を読んでいた。やはり精神的な消耗が大きかったのか、顔色があまりよくない。出会った頃の青白く痩せこけていた彼を思い出させるその姿に、竜馬は小さく息を飲んだ。
それでも、平静を装ってベッド脇の椅子に座る。
「ーー邪魔するぜ」
「あぁ。…今回は、悪かったな、リョウ」
「っつとによ、おめぇ探すので行ったり来たりだったぜ。慣れねぇ詰襟まで着せられちまった」
軽口を叩くと、隼人は控えめに笑った。
隼人が初めに気になったのは、己の体調を差し置いて竜馬の傷の様子だった。唇の端に、再度切れたのだろう痕があったからだ。
「あ、そうだ。弁慶の野郎、おめぇが治ったら改めて顔見せだぜ」
「あぁ、あれだけ操縦できれば、大丈夫だろう」
「おう、わりぃやつじゃねえぜ。ちぃっとマイペース…っうか、抜けてッけどな」
言うと、隼人は確かにそのようだと笑った。その顔を見て、竜馬も笑顔を浮かべる。
ひとしきり笑いあった後、暫し沈黙の時が流れた。
隼人には、わかっていた。竜馬が何を気にしているのか。
そして、一度小さく拳を握りしめてから、唇を開いた。
「あのとき、言った通りだ。魔王機の『部品』は、俺の従兄弟と、昔のーー」
「あぁ…ダチだったって、そう、いってたよな、お前」
二人とも、声のトーンが先程とは変わって重くなる。
「……あいつは、竜二どもは、俺がもうすこし抜け方を考えれば、あぁはならなかったのかも知れん」
「ーーで、でもよ、あの道を選んだのはあいつらじゃねえのか?」
半ば予想していた隼人の言葉に、しかし竜馬は食い下がる。状況は隼人ほど理解していないが、己の無力を乗り越えることから目を背け、鬼の連中どもに身を委ねるやり方は、理解の範疇を越えたことだった。
「あんなことしか出来ねぇような連中さ。程度を知ってて、置いていっちまったのは俺だ。……あぁ、違うなーーあの時は、置いていったとすら、思わなかったかーー」
ふと、なにかに気づいたように呟いて、隼人は憂う様に瞳を伏せた。切れ長の瞳を囲う睫毛が、そっとひさしをつくる。形のいい薄い唇には、自嘲気味の笑みが張り付いた。
「あの時は、友だとーー」
俺はあの頃あいつらを、今の俺のように、友だと思っていただろうか。
疑念が、隼人の胸に沸く。そもそも友という概念自体、あの頃の俺はしっかりと持っていたか?
俺がそれを本当の意味で認識したのは、ひょっとしてーー。
思って、隼人は目の前の竜馬を見つめ、そして彼の横の誰もいない空間にもう一人、武蔵の影を思い描いた。
「…なあ、隼人」
黙って隼人の言葉を聞いていた竜馬が、口を開いた。
そして、持ってきたものを隼人に手渡す。
「薬?」
手渡されたそれに、隼人は目をしばたかせる。それは隼人が幾度か、いやがる竜馬に塗ってやった薬だった。
「……おめぇがいねぇとよ。自分で塗ろうと思っても、鏡見てもよ、いまいち勝手がわかんねぇんだよ、だから…」
少し言いにくそうに、後ろ頭をかきながら竜馬はそう告げた。
半分は本当のことだった。べたつくそれは、竜馬はやはりあまり好きではない。鏡越しに塗ってみても、隼人の指のするすると動くことを思い出すと手が止まった。
だが、もう半分はーー。
途中から、隼人が帰ってくるまで竜馬は薬の存在などすっかり忘れていた。ただ、隼人がこのまま見つからなかったら、その身に何かあったらと思うと不安でしかたがなく、己の顔の傷どころではなかった。
自分が死んだと思われていたとき、隼人も武蔵もこんな思いをしたのだろうか。いつ命尽きても仕方の無い環境にいるとはいえ、泣くことすらも許されぬと思うような、身を切りたくなる程の感情を竜馬は覚えた。
それだけではない。ゲッターチームだけではなく研究所にも、隼人は必要な人間だ。彼が博士の助手として関わっていた幾つかの案件は、隼人が数日いないだけで大幅に予定が狂っていた。竜馬はただそれをはた目で見ていることしか出来なかったが、その様子は彼に、隼人がこの研究所になくてはならない存在になっていたことを強く実感させた。
そして、隼人は帰ってきた。有りがたいことに致命的な外傷もなく、ほとんど健康体で。
ーー心の方は、そうはいかなかったようだが。
それでも彼は、きっと数日休めば誰にもなにも悟られぬほどに、いつも通りの彼として振る舞うのだろう。
だが、竜馬はモニター越しに確かに見た。隼人の涙を。
そして、それが竜馬の心境にある変化を与えた。
燻っていた最後の火種を、消すときが来たのだ。それはけして、死んでいった友を蔑ろにすることでも、忘れることでも無い。
「さっさと、治しちまいたくなったんだ。こんな傷ーーだから…」
だからお前も。とまでは、竜馬は言えなかった。
しかし、隼人にはそれだけで全てが伝わったようだった。
竜馬の心境の変化も、それが、彼だけでなく自分のためであることも。
「全くーーお前は」
隼人の瞳が、少しだけ細められた。
きっと、知らぬものが見れば只の笑みに見るのだろう。しかし竜馬はその奥に、痛みを知った者しか宿すことの出来ない優しさを見ていた。
「もう少し、こっちによれ。リョウ」
「おう、わりぃーー」
軟膏越しに、隼人は竜馬の肌に、その傷に数日ぶりに指を滑らせた。
暖かい肌だ。冷たい機械の中の青春。それは己も変わらない筈なのに、ここでの生活は、隼人に時に身に余ると思うほどの温もりをくれた。その欠片でも俺が彼らに与えられていれば、結果は違ったのだろうかと、今はまだそれを悔やまずにはいられなかった。
「リョウーー見舞いついでに、少し、俺の話を聞いてもらっていいか」
「隼人…」
柔らかく指先に触る唇のラインを傷痕伝いになぞりながら、隼人は小声で告げた。
「ーー過去の話を、したくなった。俺の、昔の話を」
竜二のことを、自分の家のことを、親のことを。それを、自分がどう思ってきたかを。
それらを誰かに話して聞かせたくなる日が来るとは、思わなかった。しかし、目の前の彼にならば、知って欲しかった。
知りたいだけではない。知ってほしい。その欲求は、隼人がいつからか諦めていたはずのものだった。
「おう、いいぜ」
望んだ通り、竜馬は即座に応と返してくれた。
「…お前の話も、聞きたい」
「ーーあぁ、良いぜ」
少し意外そうな顔をした後、竜馬は笑ってそう言った。
「なぁ、隼人…その前によ」
「ん?なんだ、竜馬」
瞳の下、涙の様に流れる線を隼人の長く形のいい指先になぞられながら、竜馬は呟いた。
ーーお前が、生きてて良かったぜ
いつかの夜自分に向けてかけられた言葉が、竜馬の唇をついて出ていた。
隼人は、一度驚いたように手を止めた。
しかしすぐに、その口元には泣き出しそうにも見える笑みが浮かび、指が再度竜馬の頬を滑り始める。
隼人が涙の縁をなぞってくれた分だけ、傷が薄くなっていく。
何の確信もなかったが、竜馬は何故かそんな気がした。そして、与えているはずの隼人にもその行為は、不思議なことに同じ効能を示していた。

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死ぬ前に俺を思い出してくれよなってすげぇ歪んでて切実な執着感じる台詞で、オリジナル版二巻を手に取った私は震えたよね。

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