アシンメトリー (新ゲ。隼竜。「昔不器用な恋人に」の続きと言うよりは対の話)

アシンメトリー

あの別れから、一体どれくらいの時が流れたのだろうか。
今更どうでも良いと思おうとしても、やはり頭の何処かにそのことが引っ掛かっていた。
目の前に迫る敵をまた一機薙ぎ倒し、返す刃で背後に回り込んでいたもう一機に斧を振り降ろす。その動きは全くこともないように見えた。
既に時間と言う概念は忘れつつあったが、ここしばらくはただ淡々と、そんな抑揚のない時が続いていた。
「…くそ、歯応えがねぇ」
紋切りで増やした紙切れのような敵を相手にしている時が、竜馬にとってはもっとも苦痛だった。
どうしても思い出してしまう。今、ここにいない仲間のことを。
なぜ置いてきたのか、なぜ一人きりで行かなければならなかったのか。本当の理由は竜馬本人にもよくわかってはいなかった。ただ。

多分…いや、間違いなく『あれ』は俺だ。

さくり、さくりと造作も無く機械の塊を斬り捨てながら、幾度となく繰り返してきた思考に竜馬はまた入り込んでいく。
ゲッター線で満ちた宇宙に漂う、強大な機械の塊。
自分達が幾分苦戦した神とやらをこともなく片手で握りつぶしたその存在を見たとき、竜馬は確信した。
この宇宙は、初めて新炉心と共に飛んだ時に行きついたあの世界の『なれの果て』だと。そして、今ここで己が行かなければいつか、竜馬たちが居た宇宙もこの宇宙と同じなってしまうに違いないと。
おそらく『あれ』は初めから竜馬だけを呼ぶつもりで、竜馬たちの居る宇宙に干渉した。『あれ』がなぜそんなことをする必要があるのか。それは竜馬には知った事では無かった。もはや己の破壊渇望を満たせるものが居なくなったこの宇宙に、少しは手応えのあるだろう存在――例えば、別の宇宙の竜馬自身――を呼び寄せる。竜馬がその並はずれて好戦的な脳みそで思いついた理由など、そんなものしかなかった。
(そりゃ、つまんねぇよな、こんな宇宙はよぉ)
どんな経緯を経てそうなったかは知らないが、無数の戦艦を携えながらも、最早その力を振るうべき相手を見つけられずに宇宙を漂い続けただろう『あれ』のことを思うと、竜馬は多少は同情心を覚えた。
(まあ、自業自得だけどな)
そう思えるだけ、今の自分は『あれ』よりはましだろうと竜馬は思っていた。
(しっかし、なんでこんなことになっちまったんだ…こっちの『あれ』は)
守るもんとか、無くしたくないもんとか、無かったのかよ、お前。
どこまでも自己の破壊衝動だけを増幅させていったのだろう『あれ』を思うと、竜馬はそう問いかけたくて仕方なくなる。
(それとも…守りたくて、無くしたくなくて…そうなっちまったのか?)
それならば、竜馬にもそんな経験は幾度かあった。破壊衝動が防衛本能を凌駕して己の身体を突き破り、自己の意志に関係なく外界一切を壊滅させていくあの感覚。
しかし、竜馬にはその度に、すんでのところで自分にブレーキをかけてくれる存在がいた。
(何やってたんだ、こっちのあいつらはよぉ)
共にゲッターを駆っていた、隼人と弁慶の顔が浮かぶ。ひょっとしたらこちらの宇宙にも存在していたかもしれない彼等に悪態をついたところでどうしようもないことは解っていても、竜馬はそうせずにはいられない。
しかし思うそばから自然と、苦い笑みが浮かぶのが自分でもわかった。
(まあ、俺も自分でおいてきちまったから、変わりねぇか)
手に負えないのは、自分も一緒だ。いや、自分だから一緒だ。
ここからは俺一人でいくと決めた自分を呼ぶ声が竜馬の脳裏に響いた。あいつは、おそらくあそこに一人しかいない『あれ』は一体、どんな別れをその身に刻んできたのか。
あるいは、気が遠くなるような永い時を経れば、その記憶も全て虚空に消えていくのか。ならば、俺もこうしているうちにいつかは、全てを忘れて無機物を打ち壊し、有機物を殺すだけのものになっていくのか…。

———————

殆ど無意識に、頭上から向かい来る敵に斧を放った。竜馬の意志と一寸違わぬ正確な軌道を駆けた刃は、敵機をものの見事に上下真っ二つに裂いた。しまった、と思っても時はすでに遅い。胴と両腕を無くしたその姿が、竜馬の目前に曝された。敵機が崩壊するその少し前、真暗な虚空にどこまでも墜ちていく二つの腕が見えた。
このやり方は嫌だ。自分でやっておきながら、竜馬は眉間に深い皺を浮かべた。このやり方はどうしてもあの男を――本当にあの男だったのかは定かではないが、同じ顔をしていた――同じように殺した、あの時を思い出す。
それなのに竜馬の腕は何かの拍子に、まるで無意識から『あの時を忘れるな』と語りかけられているかのように、そのやり方で敵機を屠っていた。
こんなに幾度も何かを壊して殺して、身体は今も自分の物であの時の様に機械の線に絡め取られてなどいないが、境界なんてもう無い様なものだ。しかし、意識が戦いに澱んで本当に溶けあいそうになる度に、まるでまどろみから揺り起すかの様に、竜馬の刃は敵をこのやり方で引き裂いていた。
まるで、お前はお前でいろと言い聞かされているかのようだった。ここにいる筈もない、そして次合いまみえることなどあるかもわからない、あの男――隼人に。
どくん、と心臓が震えるのを感じた。熱くなる。誰かの事を思い出すと、竜馬の肉体は『血潮』を思い出す。
愛だの恋だの友情だの、言葉の上のことは解らない。竜馬に解るのは、ただ胸を焦がす感情があるということだけだ。それを他人がそう呼ぶなら好きにしろと思ったが、自分で触れるにはその言葉達はどうにも脆い気がしていた。
ただ、その感情を与えてくれる誰かがいる。自分で無くなりそうな自分を止めようとしてくる誰かがいる。その事実を知っただけでもう、その後は一人でも大丈夫だと思えるほどに充分だった。誰も巻き込みたくは無かったし、『あれ』との事には巻き込むべきではないと思った。ゲッターを明らかに危険視していた弁慶も、ゲッターに異常なほど固執していた隼人も。
何の策も無くただ切りかかってくる敵機をまた一つ打ち壊して、そういえばあいつにとっては二度目の別れかもしれないが、俺にとっては三度目だったなと、竜馬はふと思った。
隼人が一体何故あんなにゲッターに固執したのか。それも、竜馬には不思議だった。あいつも弁慶も『あれ』と一緒には居ない…。居ない筈なのに。
隼人がゲッター線の持つ未知の力にのめり込んでいく。それを感じる度に心が不穏にざわつくようになったのはやはり、新炉心のテスト飛行の後だった。引き剥がさなければ、いつかと同じ事になる。そのいつかがいつなのかは全く解らなかった。だがとにかく竜馬の精神は、あるいは未来の記憶とも言えるような悪夢に、眠りの中だけではなく起きている時すらも絡め取られ続けた。
そのいつかと同じようになるぐらいなら、遠く離れてもあいつがあいつのままである方が良いと思う程に。
(『あれ』も昔そうなんだったら、妬いてたのか、俺)
最後に口付けたのは確か、一度出奔した研究所に戻った後だった。
まだ戻ってから日は立っていなかった。あの時にはまだ、どこか上の空だった。その直前まで清明の攻撃に曝されていて、黒い雨に濡れたあの一帯には既に生存者は殆どいなかったらしい。だが、それ以上の被害を防ぐためとはいえ己が生きてきた場所を己の手で消し去ったのだ。自分自身も予測のつかない様な、強大な力で。それなのに胸の奥はやけに静かで、それが竜馬にはどうも厭だった。
事後対応に追われる研究所内はやはり何処か自分の居場所では無い様な気がして、一応謹慎を言い渡された筈の部屋を抜け出そうと扉を開けると、そこに隼人がいた。なんだよと聞くと、いつも通りの仏頂面で、お前の事だからそろそろ抜けだそうとする頃だろうと思ったと言われた。
どんな顔をすればいいか解らなかった。ただ、彼には何も話してはいけないと思った。だから、退屈だから相手をしろと言って、ベッドを指差した。
案外と大人しく、隼人は付いてきた。竜馬に何も訊かなかった。だが、好きなようにして良いと言うと彼はいつもめちゃくちゃにしてくれるのに、その時の隼人は竜馬の望みに反して、いつもよりずっと優しかった。
多分、いつもは聴かせない様な声を聴かせた。大切な相手をそっと包み込むような手管を、彼が知っている事にも驚いたが――そんなやり方は隼人もその時初めて知ったかもしれないという事は、竜馬には思いつきもしなかった――ひょっとしたら荒々しくされるよりずっと感じて蕩けているかもしれない自分が、竜馬は居たたまれなかった。それでも、こんなに『これでいい』と自分と彼の繋がりを肯定出来る行為は、初めてだった。
全てが終わってはぁはぁと浅い息をつきながら、竜馬は隼人に見つめられているのを感じた。何時もはじっとりとした、もしくは射る様な視線で息も詰まる心地で見詰められるのに、その時は何かが違う気がして彼の方を見た。隼人はただぼうっと、竜馬の身体が自分と同じ空間にある事を見ているような目をしていた。その瞳がふと竜馬の目を見て、そして少しだけ優しく細められた。
何かが、変わるのを感じた。身体に覆い被さって、出会い頭には傷を付けられた筈の頬をもどかしい程優しく撫でられて、かすれた声で名前を呼ばれた。そのまま何かを告げようとする隼人の唇を、竜馬は慌てて自分の唇で塞いだ。もしも、隼人の唇が紡ごうとした言葉が自分の望みどおりだったら――応える事は、多分まだ出来なかったし、聞けば何を応えてしまうか自分でもわかったものでは無かったからだ。
ただ、もしもそうなら、叶うならばいつかは応えたいと思った。そのためには、失うわけにはいかない。彼だけでは無い。今いるこの場所も、遠い過去に僅かな時間でも心を通わせた人間がいたこの世界そのものも、誰にでも好きにさせたくは無かった。
そして、失うわけにはいかないなら、勝つしかない。
至極単純な答えに、その時やっと竜馬は辿り着いた。

———————

この世界は、ゲッターの行きつく結末の一つに過ぎない。そう言ったのは、遥か遠く自分の前に立ちはだかる『あれ』だ。
地獄の果てにはその先がある。そう言ったのは、全く食えない奴だったか、結局憎み切れなかった老博士だ。
そう言えば、あの時早乙女は隼人にも何か言っていた。彼に掛けられた言葉には、どんな意味があって、彼はその言葉を今どう受け止めているのか。
――ギ、ギギィ、ギィ
今までとは違った空気を纏う敵が現れる気配を察して、竜馬は一度構えを正す。でけぇだけなら別にいいけど、はえぇのとやたらと頑丈なのはまだちぃっとばかし骨が折れるんだよな。そんな事を考えて、竜馬は目の前に立ち込め始めた黒い雲の先を睨む。立ち込めた闇はふっと散り、あの時見た『神』とやらのうちの一体にも似た敵の姿が現れる。
その遥か向こう、永劫の闇の中、星雲の彼方にその強大な姿の一部が見える。それはいつか自分が討ち果たすべき『あれ』に違いない。そこから動き何かを成そうともせず、その異形の機械はただ、時に星雲の狭間に蜃気楼のように姿を現し、竜馬の何かを確かめるかのように瞳を光らせていた。

まだ、『あれ』の全貌は見えてこない。
勿論、『あれ』を倒せば何がどうなるのかも、竜馬には全く分からない。
だが、『あれ』が自分を呼んだ理由に、破壊欲求や、力への渇望以外の何かが――例え一握りでも、全てを壊してしまった己を消してほしいという思いが――あるのなら。

「さっさと――成仏しやがれ」

目の前の敵に刃を向けながらも、竜馬の心は、きっとその中には自分一人しかいない『筈』の、魂を持ってしまった傀儡に牙を突き立てていた。

———————
2014.10.18 UP

続き…というよりは竜馬視点のぐだぐだな話ですいません。この後のあれこれも妄想だけはしてはいるけど相変わらずのいつになるやら…。

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