→劇薬 (射光の続き・時空のはざまに行ってからのねつ造話)

劇薬

鬼神か魔神か。
鬼のごとき角と悪魔のような翼を併せ持つ鋼の巨人は、数多の敵をほふった斧を納め、次の戦いの準備に入った。
「竜馬!隼人!ゲッター3にチェンジだ!」
「おう!任せたぜ弁慶!オープン!ゲット!」
迫り来る小型戦闘機団の襲撃に備えて真ゲッター3の出力調整をしながら、隼人はモニター越しの竜馬の、不敵を通り越して興奮すら感じているだろう笑顔を見詰めた。
「喰らいやがれ!大雪山おろし!!」
振り上げた両腕から繰り出される機械仕掛けの嵐が、無数の敵機を一斉に鉄屑に変える。
「っしゃあ!」
弁慶のまさに意を得たりといわんばかりの声が響いた。
「油断するな、左後方からまた来るぞ!」
勝利の喜びに浸るまもなく、次の敵を察して隼人が伝える。今のやつらとは違い、真ゲッターよりも更に大きい。だが。
「一撃で仕留める!ゲッター2にチェンジだ!」
「おう!」
星星のものか、それとも敵機のものか、無数の光の浮かぶ宇宙空間の中、一つの機体は瞬時にジェット機のような形状の三機に変わる。
三機は更にその一瞬後には、背後をとっていた筈の敵機の更に後ろに、白輝する機体となって現れた。
状況の異変を察知した敵機が、背後を確認しようとしたその刹那。
その腹に、無慈悲に回転する金属の塊が突き刺さる。
何一つの気配もなく、その一撃は遂行された。
オイルか血かも解らぬ、濁った色の液体が真ゲッター2のドリルの回転と共に飛散する。
意思亡き巨塊が自失のままに爆発するその一瞬前、返り血一つつかぬ白い機体は、その場から消えた。
「やったな!」
「ああ」
モニター越しに笑う竜馬に自らも微笑んで返しながらも、エネルギー残量に母艦帰還の兆候を感じた隼人は、心中がまた、煩わしくうごめき出すのを感じていた。

——————————-

時空の狭間、未だに正体の掴めぬ敵と戦いに戦いを重ねる日々とて、休息の地が無いわけではない。
この宇宙で戦いを続けるパイロット達には、機体の損傷や、エネルギー切れの際に立ち寄る母艦が用意されていた。機動要塞…とでもいうべきか。
戦艦としての機能だけでなく、内部にはパイロットの部屋や――と言っても、未だにこのチーム以外の姿を見たことはないが――生活に必要な施設も揃っていた。
食糧――すでに接種する必要がある身なのかどうかは謎だが――だけでなく、酒や煙草、果ては以前いた宇宙ではもうしばらく口にすることもなかった甘味なども用意されているのには流石のゲッターチームも驚いた。
現状、真ゲッターは中規模以上の損傷修理やエネルギー充填のため、定期的にその艦に滞在する日々が続いていた。

その間が、どうにもよくない。
前を歩く竜馬と弁慶が何か話しているのを聞くでもなく聞きながら、隼人の視界はいつの間にか、目の前でなにやら楽しそうに笑う竜馬の横顔でいっぱいになっていた。
キスをした。彼と。奇妙ないきさつで。
ここにくる直前の出来事だ。
戦いの間はいい。全てを忘れてその時に殉じることができる。
だが、その狭間に現れるこの休息の時が、最近の隼人にはたちが悪くてたまらない。
別に、彼と想いを認めあったりしたわけではない。それでも、彼に心のうちをさらけ出し、その唇の熱を知ったことは、今まで凍らせていた水源を一気に氷解させ、怒濤の滝の如き激烈な恋情を隼人に痛感させていた。
ようは、年甲斐もなく竜馬と恋人になりたくて、もう一度キスが…いや、出来ればキスの続きにあるようなことがしたくてたまらない自分を自覚してしまうのだ。
勿論、そんな隼人の心を知るそぶりなど竜馬は決して見せない。
それどころか、チームで食事をとった後なども、すぐ自分にあてがわれた部屋にこもるか、整備室でゲッターについて整備士と何やら話しているか…とにかく、隼人と二人きりになる隙は全く見せなかった。
そこがまた、隼人の心を苛立たせ、時には悲しませている。
やはり、竜馬は自分などと居るのは嫌なのではないだろうか。
あのキスは己を焦らし恋の苦しみに囚われたままにしておくための、いわば良くできた疑似餌に過ぎなかったのではないか。
そんな、あまり前向きと言えぬ想像ばかりが、隼人の脳裏をぐるぐると巡っていた。

「おい!きいてんのかよ隼人!」
突然、竜馬に名を呼ばれ、隼人はびくりと我に帰った。
「…すまん。他のことを考えていた」
「だろうよ。呆けた顔しやがって」
流石にお前のことを、とは言えず隼人は謝るしかない。
「たまには飯のあと甘いもんでも食うかって話になったんだよ。な、弁慶、食いてぇんだろ、ケーキ」
「俺だけが食い意地はってるみたいにいうなよ。竜馬だってたまには食べてぇって言ってただろ」
「…まぁそうだけどよ。で、おめぇは食うか?ってきいてたんだけどよ」
ケーキ…懐かしい響きだ。月面戦争の頃、差し入れで貰ったケーキを満面の笑みで頬張っていた竜馬の姿を思いだし、隼人は緩みかける頬を必死に他の顔面筋で押さえつけた。
「ああ、そうだな、たまにはいいかもしれん」
「おう、じゃあたまには三人で甘いもんでも食いにいこう!」
隼人の答えを聞いて、結局一番楽しみにしているらしい弁慶が真っ先に破顔した。

——————————-

甘味は劇薬だ。 今すぐにでも理性を失いかねない自身を、隼人は必死に押さえつけていた。
研究所のそれを少し思い出させる食堂で、他の整備員たちに紛れて食事をとった後、三人はデザートを注文した。
チョコレートケーキを頼んだ弁慶は、久々の甘味に感動しながらも、頻りに『渓達にも食わしてやりてぇ』と繰り返していた。
その横、隼人の真向かいで竜馬が食べているのはいちごのショートケーキだ。
パイロットスーツを脱いだ彼は、普段のコートとマフラーは脱ぎ、腕のバンテージこそ巻いたままだが、Tシャツとジーンズというラフな格好になっていた。半袖のシャツから伸びる健康的な腕が、三人の中では飛び抜けて見た目の若い竜馬を更に若々しく見せていた。
いかにも私服な彼と、動きやすいからと相変わらず作業服を愛用している弁慶と、スーツ姿の隼人と並んでいるとやはり、何とも不思議な面子ではあった。
正直、竜馬がメニューの中から『俺はこれ』とショートケーキを選んだ時点で隼人の心音は怪しかった。
白いクリームと黄色いスポンジが重なった層の上に、赤いいちごが佇むなんとも可愛らしい代物が竜馬の前にある。
甘い香を放つその皿を見て、竜馬はおそらく我知らず口角を上げた。その笑みの愛らしさに隼人の苦しみはいよいよ本番を迎えた。
『しっかし、いっつも思うんだけどよ、どっからでてくんだろーなー。ここの食事はよ』
そう言う竜馬に、プラント用の艦でもあるんじゃないか?と弁慶が返す。
『にしてもよ、俺たちのいた地球の食糧と全く同じ味すぎねぇか、なあ、隼人』
『ん…あ、あぁ、そうだな』
つんつんといちごをフォークでつつきながら正面に座る隼人の顔をのぞきこむ。随分と愛らしく映る…竜馬自身は自覚のないだろう仕草に、隼人は彼にしては気の入らない返事で返すので精一杯だった。
『まー、ここがわかんねぇことだらけなのは今に始まったことじゃねえけどよ』
ここに来たばっかの時にあったやつにもまだ再開できてねぇしなぁ。と竜馬はひとりごちる。
『竜馬、ごちゃごちゃ言ってるけど要らねぇなら俺がもうひとつ食ってやろうか?』
『な、なにいってやがる!…弁慶、お前もう食い終わっちまったのか?!』
速攻で平らになった弁慶の皿の上を見て、竜馬が目を剥く。
こんなちっせーもんすぐだろ、と筋肉の上に張りでた立派な腹を叩きながら弁慶が返す。
正面の隼人の皿も着々と平らげられているのを知って、竜馬は自分も食べることに専念し出した。
赤いいちごが、その口のなかに消える。
『ん、そーいやこんな味だったな』
しばらくぶりに口にする果物に、感慨深げにそう呟く。
そのままフォークでケーキを切り崩して、口に運ぶ。白い生クリームが竜馬の口の中に入っていくのを、隼人は自分の食事の手を進めるのを忘れて見つめていた。果汁を啜った舌の鮮やかな赤が、やけに目に眩しい。
『あ、やっぱうめぇな』
口の端に少しだけクリームをつけたまま、久方ぶりだろう『甘い』味覚に竜馬の顔が自然と綻ぶ。
何時ぶりだろうか。
穏やかに細められた眦も、普段は奥深くしまいこまれている心根の素直さが正直に浮かぶ声音も。
カラン、と音がした。
隼人がそれが自分がフォークを落とした音だと悟ったのは、その音を認識した更に一時後だった。
食べかけていたレアチーズケーキの味は、結局最初から最後までぼんやりしたままだった。
甘い、と笑った彼の舌を自分のそれで味わう、妄想の中の甘味の前に現実があっさりと白旗をあげ、隼人はこれはいよいよどうにかせねば、恐らく今度もまた最悪の形で暴走してしまうだろう自分を感じていた。

——————————-

「非常時に使えそうな抜け道を見つけた」
そう言って、隼人は竜馬を食後の散歩に誘い出した。
自室に戻って仮眠をとる予定だったろう竜馬は、少し空を見た後、へぇ、とだけいって隼人の後についてきた。
「こりゃあ、弁慶には無理だな」
隼人や竜馬がやっと通れる幅の通気孔に潜り込むと、竜馬がそう呟いた。
しばらく無言で艦の内部をあちこち歩く。
「うお、こんなとこに抜け道あったのか」
「あぁ、地図には無かったが背後から敵が潜入してきた時の脱出経路かなにかだろう。位置からして侵入者への奇襲にもつかえなくはないが」
「…お前は、相変わらずだな」
淡々と説明しながら、道なき道を進む隼人に、竜馬は口の端を上げながら言った。
「命を預ける場所だからな」
当たり前だろう。と隼人は返す。
月面基地にいた頃からそうだった。自分だけでなく多くの人間の命を預ける基地や艦。地図や設計図だけではわからない、通路になりうる通気孔や抜け道になり得るルートを徹底的に調査するのは隼人の習慣だった。
何時いかなる時どのような奇襲にも備えるため、自分の艦は即ち自分の庭でなければならないと隼人は常に思っている。 しかし、その知識を活用するのは戦闘の時だけとは限らなかった。
――月面基地にいた頃、同じように抜け道や短縮ルートを探し出しては、毎回それをネタに竜馬を誘い出していた。
二人きりになれる場所を見つけ出しては、逢い引きでもするかのように連れ出していたとも言えなくもない。というより、隼人の方は半分は竜馬と密な時を過ごすことが目的だった。
だが、そこでロマンチックな展開があったり、彼と恋人のように寄り添ったりしたことは一度もない。
自分自身でも理解できる範疇外にいる想い人に、隼人はいつも手をこまねいていた。結局、いつも竜馬の『隼人すげぇな』という笑顔に一応の満足を得て終わりだった。
「…こんな場所があるとはな」
突如目の前に広がった夜空に、竜馬は驚いたように目を見開く。平時には誰も使わないだろう、まさに非常通路と言うのが一番適している。
「外観からは解らないがな、マジックミラーと言うと安っぽいが、この艦にはどういうわけだかこういう作りになっている空間が幾つかあるな…。説明しながら来たが、ここまでの通路は」
「おう、なんかあった時の要所になりそうな場所は大体把握できたぜ」
向こうが見える仕掛け仕込みの壁に手をついた竜馬が、顔だけ隼人の方に振り替える。
「かかってくるのが巨大な敵ばかりとは限らないからな」
その顔には、白兵戦だろうと負ける気はないと言わんばかりの好戦的な笑みが浮かんでいた。
「…竜馬」
何時もより低い声音で呼び掛けながら、隼人は竜馬の背後に回り、彼の身体を閉じ込めるように壁に手をついた。
「…なんだよ」
竜馬は特に驚いたそぶりも見せず、抵抗もせず隼人の腕の中にいる。
竜馬の心が見えないことに戸惑いながらも、隼人の胸はこの状態に密かに高鳴り始めていた。
両腕を彼の体に回し、後ろから抱き締める。
ぎゅう、と力を込めると、竜馬の体が特に抵抗も無く隼人の胸の中に収まる。
常よりも薄着の彼の、肌の温もりと彼のあるがままの匂いに触れ、隼人の心臓は故障でもしたかのように早まった。
「んだよ、こう言うことはやるなら部屋でしろよな」
「…入れてくれるのか?お前の部屋に」
言って、身体を――この状態に熱くなりつつある下半身も――更に密着させると、流石に驚いたように竜馬が目を見開く。
「お、おまっ…そんなとこまでくっつけんじゃねぇよ!」
呼び出しておきながら、ムードもなにもない直接的すぎる感情表現に、竜馬が声を荒げる。
「キスしたい」
「ぇあぁ?」
抗議の声をまるで無視するような隼人の言葉に、竜馬は間抜けな声をあげる。
開かれたままの唇に、隼人が指を這わせる。その柔らかさを確かめるようにふに、と指を優しく押しあてながら、たまらない、と言うように溜め息を漏らした。熱い吐息が首筋に触れ、竜馬はびくっと背をそらす。
「ここの、中の…」
一人言のように呟きながら、指を竜馬の口唇の奥にすべらす。
口腔に隼人の指が入ってきても、竜馬はされるがままだった。
ぬるつく口内を、隼人の指が這う。歯並びをなぞり、頬の内側をつつき、肉厚な質感の舌を指の先でくるくると愛撫する。
「こういうことを、俺の舌でしたい。竜馬――」
熱くなる息を押さえようともせず、隼人は竜馬の耳元で囁いた。
嫌ならば噛みついて隼人の指の一本や二本持っていくこともできるだろうに…。止めるどころか、竜馬はなんの抵抗もしない。
耳元の少し赤く色づいている様が、隼人の心を焦らせていた。外ならば暴走して突然無体を働くこともないだろうと思ったのに、このままでは図にのってどこまでもしてしまいそうだ。
「唇だけじゃない。お前の体も全部」
年甲斐のある行為ではないとわかっていても止まらない。体に回した方の手で、服越しにその肌をまさぐる。
最早口説く等と言う行儀の良いものではない。体全体で『自分のものにしたい』と語る隼人にしかし、竜馬は振り向いて、その目を挑戦的に見つめた。
「そんだけか?」
「?」
「お前の望みは、俺の体だけかよってきいてんだ」
「!…それは、いや、しかし…」
弱い部分に踏み込まれ、隼人は次の言葉を言い淀む。
体だけな訳がない。
先程、ケーキを食べながら笑みを浮かべる竜馬を見た時、胸がかぁっと熱くなった。
あの笑みが、欲しい。あの笑顔で見て欲しい。
だが、本当に情けない話だが体で求める以外のやり方がわからなかった。わからないと言うより、もはや竜馬の心をゆさぶれる言葉など自分は一つも持っていないと隼人は半ば思いこんでいる。
これまでのいきさつも、竜馬の読めない表情も隼人の心を躊躇わせる。どんな風に口説けば、竜馬が首を縦に振ってくれるのかさっぱりわからない。
わかりやすく慌てる中年の男に、竜馬は目を細める。その様は随分と愉しそうに見えた。
良い年になっても上手い言葉の一つもろくに思いつかないことを嘲られているような気がして、隼人は俯く。しかし、例え遊ばれているだけだとしてもこれで竜馬の溜飲が下るならばそれはそれでかまわないとも思っていた。
むしろ、散々思い上がりを馬鹿にされて捨て置かれる方が、気は楽だろう。
しかし、竜馬はそんな隼人の思考のクセも、今ではちゃんと理解しているようだった。
「良いぜ、俺は」
「!?」
弾かれたように、隼人は顔をあげた。
「してぇんだったら、させてやるっつってんだよ」
囁くように告げながら、竜馬は振り向き、隼人の頬に口づけた。
「!!!」
初めての竜馬からの口づけに、隼人は驚きで固まる。
なんだこの展開は!俺は夢でも見ているのか?
竜馬を抱いている腕が震えそうになるのを、隼人は必死に制した。
以前キスをした後、竜馬をその腕に抱いて覚えたあの時のような高揚が再び隼人の胸に芽生えかけていた。
「男にやられんのはちったぁ慣れてるからな」
竜馬の、次の言葉を聞くまでは。

瞬時に真っ白になった脳が、事も無げに放たれた言葉の意味を理解するまでにしばらく時間がかかった。
いったい自分はどれだけの間、呆けた顔を、目の前の男に見せていたのだろう。
竜馬は、まるで観察するかのような瞳で、焦燥の只中にいる隼人を見ている。
「…俺、が、か?」
「俺が、お前を…あの時…」
「まあな、趣味ワリィ話だぜ。縛られてると流石に抵抗しきれねぇのな」
「っ!………」
足元からずるずると、何者かに地中に引き込まれるように力が抜けていった。
「ま……できそうにないなら、やめとくのがいいぜ」
あからさまに顔色を変える隼人を一通り観察した後、竜馬はふい、と前に向き直る。
その背が、腕の中にあるはずの体が、隼人には酷く遠く感じられた。
自分の脳はまたも、とんだ思い上がりをしていたと隼人はやっと理解した。
あの口づけの時に既にこの意図はあったのだろうか?
竜馬を愛すると言うことは即ち、自分の罪にまみれさせてしまったその体と心を直視し続けると言うことだ。どんなに甘い誘惑であろうと、そこには常に後悔が、懊脳が付きまとうだろう。
しかし、隼人がそれに遅れて気づく前に、既に毒は回ってしまった。
良くできた疑似餌ならばまだ良かった。あの口づけは――甘味はやはり劇薬だったのだ。
だが、そんな竜馬の意図を知ってもなお、隼人の心は揺らがなかった。
意趣返しだとしても、隼人が選べば竜馬がそばにいてくれることは事実だ。心も体も遠く離れることに比べれば、まるで自分は酷く幸福なのではないかという想像さえ起こった。
あの時、離れるのはごめんだと告げた時、竜馬は自分から隼人の肩に額を預けてくれた。
もしもこの試みに竜馬の本当の心が一辺でも隠されているならば、その心に入り込む可能性が自分にもまだあるならば、隼人にはそれに賭ける以外の道はない。
彼が愛しい。
そう思う心をもう二度と隠したくはなかった。
「竜馬…」
名前を呼びながら、胸の中の体に振り向くよう促す。
「…なんだよ」
少し煩わしそうにそう答えて振り返る、その瞳がらしくなく揺らいでいるのを見て、隼人ははっとした。
どうして忘れていたのだろう。彼は自分と違って、人を本当にかどわかすような事は出来ない人間だと。その瞳の色を見ただけでまるで、竜馬の心のうちにある不安や恐れがすべてわかってしまったような不思議な気持ちになった。
振り返る体を、正面からもう一度抱き締める。
「好きだ」
少し驚いたように開かれた唇に、自分のそれを重ねた。
竜馬にせき立てられてするのでも、彼からされるのでもない。純粋に隼人が竜馬に自分の気持ちを伝えるためにした口付けだ。
「ん、…んっ」
ちろ、と竜馬の舌が、誘うように隼人の唇を撫でた。身体の芯が一気に熱くなるのを感じた隼人は、その感情のままに彼の口内に舌を挿入する。
「ん…んんっ…んんっ!」
肉厚な舌を思うがままにねぶれば、竜馬の背が驚いたように跳ねる。
初な反応が、竜馬が実際にそういう行為を積極的に行うことには慣れていないと言うことを伝えていた。
「……つ、ふ」
あまりいじめすぎないよう、それでも名残惜しくて最後に柔らかく下唇をはんでから顔を離すと、竜馬はばつが悪そうにふいと視線をそらす。
耳朶の赤が、隼人の目に映えた。
「…」
「!?」
吸い込まれるようにその耳朶に口づけた後、隼人は囁くように告げた。
「竜馬…忘れることも、無かったことにすることも、出来るわけがないが…もしもお前が嫌じゃないなら、俺は…」
「償わせろ…ってか?今さら何を…」
「違う… いや、俺がそう思っているだけで、違わないのかもしれない…ただ」
「?」
「変えたいんだ…過去はできないが、もしも未来を、少しでも変えることができるなら…」
紡ぎ出す言葉は、歯切れが悪くたどたどしい。なにせ隼人自身ほぼ初めてと言って良い程、自分の伝えたい言葉が纏まらないのだ。脳味噌が右往左往してどうにか用意した単語を、無理矢理繋げているようだった。
「好きだ。お前に…好きだと言ってもらえるように、なりたい」
まるで子供のするような自分勝手な告白だと、言いながら思った。だが、本心だ。
目を閉じて、頬に口づける。
唇を離して目を開くと、その頬は目を閉じる前より少しだけ赤みを増しているようにも見えた。
抱き締めながら、腕の中で何か迷っているらしい彼を待つ。
やがて、うつむいたままの竜馬が動いた。
そろ、と背中に手をまわし抱き返され、隼人は衝動的に竜馬を抱く腕の力を更に強める。
「っ…きちぃ」
「あ…すまない…」
慌てて腕の力を緩めた隼人だったが、竜馬を自由にすることはなかった。
「…いいぜ」
ぽつり、と竜馬が呟く。
「お前が、したいようにすりゃあいい」
ていうか、したいようにしか出来ないだろお前は、と竜馬は続けた。
「……あぁ、そうだな、すまん…」
取り繕う余裕などあろう筈がなかった。剥き出しになった心の望みのままに、再び竜馬に口付ける。
まるで噛み付くようなキスを受け入れながら、竜馬は悪くないと思っていた。
(んっとに…一人であぁだこうだぐるぐるしやがって……まぁ、俺のやり方も大概性格わりぃか…)
結局はっきりとした答えは返さず、隼人に委ねるのだ。しかし、しばらくの間はこのくらいの意地の悪さは許されるだろうと竜馬は思っていた。
「ん…う、ん?!……おい!さっきも随分好き勝手やってやがったが…てめぇここでどこまでやる気だ!」
しばらくは隼人の口唇を甘受していた竜馬だったが、その手までもが腰や尻を不穏な動きで撫でるのを感じて顔を離す。
「あ……あぁ、すまん、つい」
「っとに、油断も隙ありゃあしねぇ」
はぁ、と大袈裟にため息をつくと、隼人はこちらもまた大袈裟ではないかというほど解りやすく固まった。
ばばっと、慌てたように身を引いて竜馬を腕の中から解放する。
「…ここでは、これ以上は、しないつもりだ」
精一杯平静を装ってはいるが、その表情は解りやすく焦燥にひきつっている。たどたどしさすら感じる弁解の言葉に、竜馬はたまらず破顔した。
「…りょ、竜馬…?」
隼人は、予期せぬ竜馬の無防備な笑顔に魅入りながらも、呆れられたのか?という不安をぬぐうことができない。
「ははっ…なんでもねーよ。で、どこで『これ以上』やるんだ?」
「!」
口角を上げた竜馬にそう言われて、隼人はしばらく次の句を告げなくなる。
いつの間にか自分よりも随分と大人らしいなりになっていたわりに、少年の頃彼に覚えた印象よりもよっぽど初々しさのあるその反応に、竜馬は気をよくしていた。
つい数年前まで、竜馬にとって隼人は、何でもできていつでも冷静な――時々二人きりになるとちょっとだけドキドキしてしまう――大人びた友人であり、頼りになるチームメイトだった。
だが、今は違う。
…いや、頼りになるチームメイトだと言う部分は、変わらないが。
目が開いたというか、気づかされたというか――気づかざるを得なかったというか。
なんにしろ、彼が意外と自分に対しては常に一杯一杯な状態だということを知った今の方が以前よりずっと、竜馬は彼に惹かれていた。
「…俺の部屋に、こないか」
何度か唇を戦慄かせてから、絞り出すように言葉を紡ぐ姿も、精一杯平静を装おうとする態度に可愛さすら覚える。
いつまで続く関係かは解らない。
いずれ、来るかもしれない。彼との個としての『境目』が完全に消える時が。
しかし、遠く離れ離れになるのも身が切れる思いをするだろうが、溶けてしまうのもそれは少しつまらないと、竜馬は思っていた。
一つになりたいとも思わないでもないが、『個』として存在する彼がとても気に入っているのだ。溶け合うことと他の存在として認めあうこと。相反する二つの愛の欲求は、竜馬の心を少し煩わせる。
しかし、どちらにしろ今の状態から進まなければ答えはでない。
「しょーがねーから、呼ばれてやるよ」
「っ!………竜馬、その」
「ん?」
「…できるだけ、優しく、する」
あくまで真面目な――なにか自分の人生に関わる決断でもするかのような顔で隼人に告げられて、竜馬は今度こそ本当に思い切り声を上げて笑いそうになった。
しかし、彼をこれ以上苛めるのも酷だと思い、それは耐える。
「おう、頼んだぜ」
そう言って、竜馬は自分より少し上にある瞳を見上げた。
隼人の肩に拳を当てて、にっと歯を見せて笑うと、見下ろす顔が解りやすく朱に染まる。
「じゃ、部屋まで帰るか」
これ以上ここにいて――まぁ、ないとは思うが――誰かと鉢合わせるのは気まずい。
そう思った竜馬は、さっさと行くぞとばかりに踵を返して元来た道を戻ろうとした。
「おい、ちょっとまて竜馬」
「んだよ?これ以上こんなとこにいても仕方がねぇ」
「いや…さっき来た道は、こっちだ」
隼人に進行方向と真逆の方角を指差され、竜馬はうっと声をつまらせた。
「お前は、昔からそうだな…」
以前彼に連れ回された頃にも何度か同じようなことがあった。
それを思い出したのか、隼人の口元がふと綻んだ。
自然に現れたその表情を見た竜馬が、驚いたように目を開く。
「…?どうかしたか」
「………うるせぇ」
まじまじと自分の顔を覗きこむ竜馬にどうかしたのかと訊くと、ばつが悪そうな顔で竜馬は少し俯むいた。
しばらく、無言の時が流れた。ぼうっとしたままの竜馬に、隼人が手を伸ばす。
「??…な、何すんだよ!」
ぎゅ、と隼人に手を握られる。バンテージごしの体温と、手を繋ぐという行為の恥ずかしさに竜馬は少し慌てた。
「迷われていつの間にかはぐれられても困るからな…まぁ、人気がある場所につくまでだ」
「迷うかよ…ガキじゃあるめぇし…」
言い返す竜馬には答えず、隼人は元来た道を戻り始めた。
正直、さっきの今でこんな行為は恥ずかしかったが、隼人の言い分にも一理ある竜馬は黙って手を握られたままついていく。
「…嫌か?」
「………」
ぽつりと呟かれたその言葉に『やじゃねぇ』と答えるかわりに、竜馬はされるがままにしていたその指先に力を込めた。

——————

だから司令がへたれすぎるし純情こじらせ野郎すぎると以下略。すいませんでした。初めてがむこういってからってどうなの?もうわかりません。
この後行為自体経験はあるけど気持ちいいと思ったことは無い竜馬が優しい手管に逆に勘弁してくれと思ったり、それにちょっとだけ気付いた司令がわけのわからない興奮の仕方したりするそういう時間が待っているわけですが、まあ、余裕があったらいつか裏にでも…。そんな夜が数回続いたころやっと少しは自然にいたせる感じになるんじゃないんですかね。どうなんですかね?自分で妄想したくせにいつも通りの投げっぱなしです。

2014/05/10 up

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