→現と現 3

――やめんか!リョウ!
『誰かの声が聞こえる』
――おまえはたしかにリョウだ…さあ、来るんだ
『リョウ…誰だ…?』
『どこへ…いけというんだ?』
呼び掛ける老年の男の横に、先ほど自分が打ち据えた若い男が踞っている。
老年の男に、そして彼の『リョウ』という声に反応してこちらを見る若い男に、見覚えは…無かった…だが――
――リョウ!
『リョウ?…俺は……違う……だが―…―』
記憶が混濁する。わからない。だが、その言葉にどこかが強く揺さぶられ……たまらず『自分』はそこから逃げ出した。
『誰だ…!なんのことだ!』
『リョウとは…リョウ……駄目だ!違う!思い出せない!……』
ひたすら走る。気がつけば目の前は何処までも暗い闇だ。
『何故だ!何故俺は…俺は……!』
頭がガンガンと痛い。誰かが自分の内側で暴れているようだ。滅茶苦茶に叫びたくなる!
突然、視界が反転する。
見えたのは見慣れた独房の鉄格子だ。
『まただ!またあの光が!』
その身もろとも意識を焦がす、電気の光が目の前で瞬く。

——–

「っ――うわぁぁぁぁ―――ッ!!!」
自分の叫ぶ声で飛び起きる。
目の前は――またも、闇だ。
「っつ…ハァッ…ハァ…」
夢だ。夢だ。夢…。
ド、ド、ドとはや金を打つ胸をおさえながら、竜馬は自分に言い聞かせる。
それでも、どうしてもあの感覚が消えない。
――何故、俺は隼人に殴りかかっていた?
――何故、俺は博士を殺そうとしていた?
――何故、俺は『俺』を覚えていない?
――もしも、万が一、あれが、夢じゃないなら…俺は、どうなっちまってるんだ!?
振りほどこうとしても振りほどこうとしても、絡み付いてくる触手のように嫌な想像が消えない。
これが、本当は夢で、あれが、現実で……俺は、どこにいる…?
「……っ、冗談じゃねぇ!!」
叫んだ声は、静かな部屋に虚しく響いただけだった。
ふと、思い出して竜馬はゆっくりと横を向く。
神が、居ない。
それは当たり前のことだった。確かに寝る前彼は『リョウが寝付くまでは』一緒にいると言ったのだから。
だが、それは今の竜馬にとって、もうじっとしていられない程衝撃的なことだった。
(神さんに…神さんにあわねぇと…)
会ってどうするかなどわからなかったが、とにかく自分以外の人間に会いたかった。
暗闇の中を手探り、電話を探しあてる。しかし、受話器をとっていくら待っても神が出ることはなかった。ベッドサイドにある時計を見て、竜馬はまだ真夜中であることを知る。神は、もう寝てしまっているのかもしれない。
(嫌だ…)
闇が、ねっとりとした質量を伴って自分の身体を侵食してくるような錯覚に陥る。
竜馬は今さら、この部屋にドアも窓すらもない事を恐ろしく思い始めた。
(これ以上ここにいたくねぇ…外に…外に出れば…)
真実がわかるかもしれない。
それだけを思って、必死に白い壁を目でたどる。
すると、それまでただ均一だったはずの壁が一ヶ所だけ『ぐにゃり』と歪んだ。
(え…?)
一瞬、見間違いかと思って竜馬は目をしばたかせる。
もう一度壁を見ると、やはり先ほどと同じ場所が、ぐねぐねと蠢いていた。竜馬は立ち上がり、恐る恐るそちらへ向かう。
「出られる…のか?」
竜馬が近づく程に、その部分は徐々に緑身を帯びた光を放ち始めた。
「なんだ…この、光――」
一番光の強い部分に手を伸ばす。
「わ…!」
ずるっ…と、腕が壁の中に吸い込まれ、思わず竜馬は腕を戻す。
(腕は…何でもねえ…なんだか、壁を越えた見てぇだった…)
飲み込まれていた竜馬の腕は、壁の向こうに『空間』を感じていた。
(一体…何なんだよ、ここ)
自分の腕に異変がないのを確かめながら、心中で呟く。
夢――ならばリアルすぎる。この感覚も、もう一つの夢の中の感覚も。
「……よし…」
意を決して、竜馬はもう一度腕を光の中に入れる。そして、向こう側の空間を確認すると。
「行くしかねぇよな…ここがどこだか、確かめてやる…」
少しずつ、進行する竜馬の身体を壁がすべて飲み込み、彼がいた部屋は、寝乱れたベッドを残してからっぽになった。

「…ここは…?」
進んだ先は、廊下の途中に繋がっていた様だった。研究所のそれのような、無機質な白い壁を、けして明るいとは言えない電灯が照らしている。そんな風景が、左右両方に広がっていた。
竜馬は後ろを振り返る。思った通り、そこにはただ壁があるのみだった。
さて、どちらにいけばいいのか。見知らぬ建物のなかで進行方向に迷う竜馬の視界の端を、先ほどと同じ緑色の光が横切る。
「右…か」
それくらいしか、今の竜馬の頼りになるものはない。
その光が何かわからないながらも、光が消えた方を目指し竜馬は進み始めた。

——–

「はぁっ…一体、どうなってんだよここはっ」
一体どのくらいの時間、この建物の中をさ迷ったのか。曲がり角を何度も曲がり、竜馬はすでにここが元居た場所とどのくらい離れているかもわからなくなっていた。
いけどもいけども階段も扉もない、永遠に続くかのような無機質な廊下の先を、竜馬は疲れきった体で睨む。
(駄目だ…普通に進んでも…きっとどこにも着けねぇ)
視界の中、緑の光を探す。
しん、胸の内を静かにし集中すると、次の角の少し手前、右側の壁がぐにゃりと動くのがわかった。
(そこか!)
迷わずその歪みの前に移動する。
(初めの時は、外に出たいと思ったら出られた…なら…)
手を前につき出しながら、竜馬は強く念じた。
(ここが何処なのか…真実がわかる場所に連れていきやがれ!)
触れた指先から、自身の体もその緑色の光に変わっていく。しかし、もう後戻りはできない。
目が眩むような光の中を、竜馬は真っ直ぐに進んでいく。

——–

「これは…?」
確かに、竜馬は『真実』を知りたいと思っていた。しかし、まさかこんな現実離れした場所に連れていかれるとは、思ってもいなかった。
視界を白く染めていた光が消えた時、竜馬はこの構造物の一番外側に面しているのだろう、酷く天井の高い廻廊に立っていた。
天井までは――一体何十メートルあるのだろうか?早乙女研究所の格納庫より更に高い。片側の壁は、何かのパイプやパネルなど幾つもの機械的な装置により構成されていた。精密な機械の内側の構造が、剥き身になっているかのようだった。それが装飾なのか、実際に何らかの役目をもってそこにあるのかはわからない。
しかし、そんなことは竜馬の意識には全く気にならなかった。
彼の意識は、目の前に映し出されたあまりに広大すぎる景色に捕らわれていた。
廻廊のもう半面は、一面ガラス張りに――それが本当にガラスかは定かではないが――なっていた。
その向こう側は
「こりゃあ…本気かよ…」
以前、SF漫画で見たことがあるそれとは、比べ物にもならない。
どこまでも広がる、大いなる宇宙だった。
空は暗い。暗黒が広がる中で、近くにある星はその大気の様まで見えそうだった。遠ざかるにつれそれらは、わずかな光でのみその存在を示すようになっていく。
そして、その星々よりも近く、竜馬のいるであろう構造物と並んで無数の宇宙船が浮かんでいる。それらの姿は、まるで
「ゲットマシン…?」
自分達の乗っているそれに近いものも、見たこともない形状のものもあったが、竜馬はそれらの艦がゲットマシンと似た形状をしていることに目を見張る。
無数の宇宙船は、竜馬の乗っている艦――おそらくはその艦も、ゲットマシンと似ているのだろう――と、同方向に進んでいるようだった。
さながら、雄大な行進のように。
(やっぱり…夢、なのか?)
想像を絶する光景に圧倒され、竜馬は我知らず後ずさる。
「あれ?竜馬じゃねぇか?」
「うわぁっ?!」
突然、横から声をかけられ竜馬は驚く。
「なんでぇ、びっくりして…ていうか、今日は随分わっかい格好してんなぁ?」
「…武蔵?…武蔵!」
振り向いた先に居たのは見知った友だった。自分の知人に初めて出合い、竜馬は自然に笑顔になる。
「武蔵!お前居たのかよ!…って喜んでる場合じゃねーや…どこなんだよここ?」
「あー?お前また自分の母艦で迷ってんのかよ?しっかりしろい、もうあっちに隼人も行ってる筈だぞ…って…あれ?」
「隼…人…?」
何故か強く神の顔を思いだし、竜馬は武蔵の指差す先を見る。今、武蔵が歩いてきたのとは逆の方向だ。
思うより早く、体が動いた。
「わりぃ!武蔵!」
「え?なんだよ竜馬!」
その方向に向かって、竜馬は全力で走りだす。
「…あれ…まさかあいつ…来てるっつーリョウの方………いやでもこんなとこにいるはず無いしなぁ…」
どんどん小さくなる竜馬の背を見ながら、武蔵ははて?と首をかしげた。

——–

「ったく…おっせぇなぁ、武蔵のやつ」
「というか、お前が俺たちに召集をかけた時刻が早すぎたんだ。弁慶なんぞもっと時間がかかるだろう。普段は急かさんとろくに状況確認もしたがらん癖に…どういう風の吹きまわしだ?」
「おめーこそ、最近やたらとサボりがちなんじゃねーのか?」
「さぼっては居ないさ。仕方がないだろう。あっちの『お前』に何かとなつかれてな…」
「へーへー、若い子がかわいくってしょーがねーってか。」
「…若い子…とかではないさ。『お前』だからだ」
「どーだかねー」
「何だ…随分と不機嫌だな…まあいい、彼自身気付いていないだろうが…眠りにある時間は徐々に長くなっていっている…おそらく彼はもうすぐ帰るだろう。しかし、それに先んじて精神は不安定になっているようでな。出来れば、もう―…一日二日は、ついていてやりたいんだが…」
「へー、随分懐かしい単位まで使って、過保護なこったな」
「仕方がないだろう。…剥き身の精神のまま、生まれて18年やそこらの『お前』がこんなところにいると知れれば、場合によっては危険極まりない」
「……で、添い寝までしてやってるってか、ふーん」
「竜馬、お前まさか妬いて」
「ばっ!ばかいいやがれ!ていうかよ、よくわかるな、帰るとか」
「なんとなく…な。お前の方では相変わらず思い出せんか」
「ああ、全く。こんなとんでもねーとこまで飛ばされちまってたんだな、俺」
「そうか。…難儀だな。本人の物覚えが悪いと」
「……う、うるせぇな、俺だって一応思いだそーとはしてんだよ」

誰かが話している声が聞こえる。話の内容まではわからないが――声の主はおそらく二人。そして、一人は多分…神だ。
武蔵を振り切って走った竜馬は、大きな扉の前に辿り着いた。
扉の先には神がいる――それを知っていて、竜馬はそこを開けることに少しの戸惑いを感じていた。
開けてはいけない気もする…。しかし、同時に、開けなければいけない気もする。
(ええい!迷ってても仕方ねぇ!このまま待ってたら武蔵もきちまうかも知れねぇし)
「神さん!入るぜ!」
神以上に、自分に言い聞かせるように言って、リョウは思いきってその扉を開けた。
重々しく見えた扉は、案外と簡単に開いた。これだけの技術の粋を集めたような艦の中で、この部屋の扉だけは古めかしいドアノブ式であることを、竜馬は今さら不思議に思う。
「リョウ!どうしてここに!」
「神さん!」
コクピットを更に広くしたように――研究所の制御室を更に広くしたようにも見える空間に神を見つけ、竜馬は笑みを浮かべる。
「え…?」
が、次の瞬間その笑みは消えた。 驚いたような顔をした神の後ろで、男が横目にこちらを見ている。
背は――神より少しだけ低いくらいか、体格は神と同じくらい良い…いや、武骨な胴着姿から肌が見える分、神よりも筋骨の逞しさが目立っていた。竜馬と似た、一本一本が太く強そうな黒髪を後ろで一まとめに結わえている。粗野な印象に対し、顔は思ったよりも若々しく見えた。
その男の、意思の強そうな顔がじっとこちらを見ている。こちらを見て、目が合い…。
「っ!わぁぁぁッ!!!」
たまらず、竜馬は踵を返して走り出す。
全て、全て解ってしまった。実際に何がわかったのかは定かではないが――溢れる情報の波から逃げ出すように竜馬は走る。あの男の…いや、『自分』の目を見た瞬間、脳が受け止めきれないような膨大なイメージが竜馬の中に怒濤の様に流れ込んできた。
それはまるで、一度二つに別れた一つの集団の間で、それまでに得た情報を同じように共有させよとするかのようだった。
「待て!リョウ!――くそ!何故ここに!」
「ワリぃ…俺が目ぇ離させた…あんなんでも『俺』だってこと、忘れてたぜ」
「よりによってお前とあっちまうとは…このままでは不安だ…俺は追うが…良いな!」
「………あぁ、すまん、頼む」
「お前にも――ひいてはこの時間軸にも関わることだ…やるだけのことはやるさ…」
神と――いや、『隼人』と『自分』が何か叫ぶ声が後ろから聞こえたが、竜馬はその声からも逃げようと、走り続けた。

——–

何処まで来たのだろう。ひたすら続く廻廊を、息が切れるまで走り抜け流石に力尽きた竜馬は、歩みを止める。
途中で武蔵に会った様な…気もしたが、思い出せない。彼のことを思い出そうとすると、先程『見えた』衝撃が脳を駆け巡り、それだけでも逃げ出してしまいたい様な心地になる。
「はぁ…はっ…くそ…なんだよ…これっ!…」
今ならわかる。この世界も、あの夢もどちらも竜馬にとっての『現実』であると。ただしその現実は今、肉体と精神の間で解離している。あの爆風の衝撃で、そのまま精神だけ、こんなところまで飛ばされたというのか…。
「お前の『精神』を、どうしても守らねばならない…おそらくあの時点でのゲッター線の意思が、そう判断してのことだろうな」
「ッ!」
思いもよらぬほど近くから、神の声が聞こえて、竜馬は怯えたように振り向く。
竜馬が膝が笑うまで全力で駆け抜けた距離を移動したはずなのに、息一つ乱していない神がそこに居た。
神が一足踏み出すごとに、竜馬は後ずさる。
「そんなに怯えるな…竜馬」
「…隼人…なんで、俺を騙してた…あんな、閉じ込めるような真似をしてたんだ!」
当人でありながらそう名乗らなかった、そして自分を実質軟禁状態にしていた神への不信感が募り、竜馬の顔はこわばる。
「そんな顔をするな――怖がらせたい訳ではないんだ…すこし、話を聞いてくれ、竜馬」
「っ!お前と話すことなんかねぇ!俺をさっさともとの場所に返せよ!」
「『帰る』ことは、お前自身が自分でするしかない。…偽りがあったことは謝る。だが――お前のためを思ってしたことなんだ。お前に危害を加える気もない…信じてくれ、竜馬。」
神の――いや、隼人の目を探る様に見る。
隼人は物怖じしない。竜馬と同じくらいの強さでじっと、竜馬を見つめ返す。
やがて、静寂を破ったのは、竜馬の方だった。
「俺の知りたいこと…全部、教えてくれるなら…許す」
聞いた隼人の周りの空気が、安堵に満ちたような気がした。

満天の星空と、相変わらず視界の果てまで続いているような戦艦の行進を眺めながら、竜馬は隼人と共に椅子に腰かけていた。
落ち着いて話せるようにと、神が用意したものだ。
椅子は、ガラスの一面に向かい合う様に置かれていた。神と隣に座りながら、竜馬はその光景になんとなく、映画館の銀幕や駅のプラットフォームの風景を思い出していた。
神が言うには、過去の竜馬がここに来るのとは想定外だったらしい。一番危なくない場所に飛ばされたのだろうと、隼人は言った。
一室に閉じ込めたのは、突然こんな場所に来てしまった竜馬にこれ以上ショックを与えないためだったらしい。万が一の事を案じて、竜馬の身を守る為でもあったようだ。
「最近の寝起きの様子からしてそろそろ帰る頃だとは思っていたんだが…そこまで不安定になるなら、全て話してやった方がよかったな。…済まない。」
「…別に今さら、いいよ。聞いてもどうせ信じられなかっただろうし…」
自分が遠い未来にいるらしいこと、隼人が庭園に連れ出せた仕組み。色々聞いたが竜馬の頭ではさっぱり理解が出来なかった。先程は全て解った気がしたのに…受け止めきれなかった情報が――あるいは、受け取らない方がいい情報が?――全て零れ落ちてしまったかのようだ。
「ゲッターって…こんな未来まであるんだな…俺たち以外に人間も、いるのか?」
今いる場所が地球から遠く離れているらしいことも聞いたが、どうにも現実味が無い。こんなところまで、本当に人間がこられるのだろうか。
「人類は、万能の神であるゲッター線に選ばれた、唯一の存在だ」
「え…?」
隼人の言葉に、言い知れぬ違和感を感じ、竜馬は眉をしかめる。
「――そんな思い上がりに支配され、ゲッターと共に人類が宇宙を侵略していた時代も…あったらしいな」
「なんだよ…らしいって」
「俺もあまり合法的とは言えない手段を使ってここにいるからな…とにかく、戦闘の効率化を測るためにゲッターの『記憶』まで使って徹底的にやっていたらしい」
隼人の物言いに、なんとなく『侵略を行っていた人類』がどうなったか聞くのがためらわれ、竜馬は「そっか…」とだけ返した。
「今は…今は、こいつら何のためにどこに進んでるんだ?」
「そうだな…この宇宙の、『仕組み』を作ったやつを、目指している」
「仕組み……でも、そいつらって…ゲッター線とか、人類とかも、作ったやつなんじゃないのか?」
「お、そういう所は鋭いな。流石リョウだ。」
「また話そらす気かよ…大丈夫なのかよ、そんなやつらと…戦うかもしれねぇんだろ…」
「さぁ、どうだかなぁ…ま、お前自身が決めたことだ」
予想外の返答に、竜馬は目を丸くする。
「俺がかよ!…隼人、おめぇ止めなかったのか?」
「俺が?…俺は、ただの一人の人間だからな…それが解るまでに、随分と長い回り道をしてしまったが」
「?」
「まぁ、ゲッターの行く末を…そして、それ以上にお前を見届けたい。それだけさ」
そう言ってまた、隼人は竜馬の頭を撫でる。
「俺の…?」
「あぁ、お前は、いつだって『お前』だからな――いっそ、残酷なほどに…」
そう言う隼人の表情は、どこか切なげだった。
暖かい手が、優しく髪をすく。
「それに――つまらんだろう…いつまでも、わかりきった『勝ち戦』ばかり続けるなど…」
その言葉の意味は、何故か分かりやすく竜馬の胸に響いた。そして、そう呟いて笑う隼人を見て、今までで一番『彼は、自分の知る隼人と同一人物だ』ということを強く確信した。
「…隼人、楽しそうだな…」
「あぁ、それは勿論、お前や――皆のお陰でな」
笑いながら、竜馬は自分の身に睡魔が近づいてきているのを感じていた。十分な睡眠をとれず、しかも走り回って心身共に疲れはてたのだから当たり前だろう。
「まだまだ聞きたいことあんだけどさ…俺、眠くなってきちまった…」
「あぁ、疲れただろうからなぁ」
「次起きたら…多分、俺…」
夢で見たあの場所に行く。
本当に自分はちゃんと帰りたい場所に帰れるのか…。やはり不安で、竜馬は隼人の腕にぎゅっとしがみつく。
「大丈夫だ。本当は…帰したくはないほど…きっと、辛いことがあるだろうが…。いつだってお前は、お前だ。お前の行きたい場所に行けるだろうし…すぐ、また会える。」
「隼人に?」
「あぁ」
「…神さんにも、また、会える?」
「俺に…か?さあ、どうだろうなぁ」
「多分、すぐ会える…」
「竜馬?」
まどろむような声で呟く竜馬の言葉の真意を掴みかねて、隼人は聞き返す。
だが、答えるだけの思考を、竜馬は既に持っていなかった。
「ひとつ…ききわすれたな…」
「ん?」
『神さんの、奥さんって本当に俺なの?』
何故か、全然嫌じゃないけど。
むしろ嬉しい――。
そう伝えたくて、でも下がるまぶたに耐えることが出来ず、竜馬は目を閉じて、隼人の腕にもたれ掛かった――。

——–

がちゃり、とドアノブが回る音がする。
竜馬の待つ部屋に、隼人が帰ってきた。
「一人か…無事帰ったのか、あいつ」
聞くと、隼人は静かに頷く。
「まぁ、なんとかな。武蔵がしょげてたぞ、お前と思って話しかけちまったって」
「まぁ、俺っちゃ俺だしなぁ…こんなとこまで自力で来るとは思わねぇだろうしよ。ていうかてめぇだよ!まったく、あることないこと喋りやがって」
「基本的にあることしか喋っていないが」
「だぁーれがてめぇの奥さんだ!」
もう一人の自分がいた間、隼人が彼に随分と都合のいいことばかり喋っていたのが気に食わないのか、竜馬は隼人にくってかかる。
「ん?違うのか…そう思っていたのは俺だけか…」
「かわいそぶるんじゃねえ!同一人物にのろけんのが趣味ワリぃっつってんだよ」
「すまん、可愛くてな…つい」
「そりゃあ、あんだけ無知なら扱いやすくてかわいかろーよ」
「いや、俺の発言にいちいち反応するお前が…」
「?!」
「まさか、自分自身を出し抜こうとする訳がないだろう…そりゃあ、添い寝をねだられるのは少し…かなり、魅力的だったがな」
「……そ、そーかよ」
「だからそう拗ねるな」
「うぬぼれてんじゃねえ!全く…あん時はこんなめんどくせえジジィがなんで紳士的に見えたんだかなぁ…」
「ん?なんのことだ?」
呟いた竜馬の言葉の意図が読み取れず、隼人は訊き返す。
「さっきやっと、思い出したんだよ。どうしても思い出せなかった…欠けてた…部分」
「あぁ…先程の、お前の方にも影響があったか。まあ、あまりにも未来の記憶だからな。時が来るまでは思い出さん方が良かったのかもしれないな」
「あぁ、そんで一緒に思い出したぜ。『初恋』の記憶もな」
「!」
「思い出すまで長かったけど…思い出したら、ほんとに、すぐ会えたな『神さん』」

先程の『リョウ』の言葉の真意を理解して驚く隼人を見て、『竜馬』は少しいたずらっぽく笑った。

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2012.12.16 UP

←2
3で出てきた未来のゲッター線の話とかは全て何の根拠もない都合のいい妄想です…。
ちなみにアーク以降の隼人についても、全て何の根拠もない都合のいい妄想です…しかも細かい設定なんぞなんも決まっていません…。ご了承ください。ていうか、好き勝手しちゃって申し訳ないとしか言いようがないです。頭が可哀想な人なのでそっとしておいてやって下さい。
ところで私はどうにも、無印の竜馬行方不明の下りが好きで好きでしょうがないようですね。
ちなみに、もうひとつうちのさいとでうpってるこの辺の下りのSSとの関連性は、あんまし考えていません。常に見切り発車です。うう。

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