幕の後 (サーガ號と真。隼竜。別れと別れと再会の約束、注意書有のおまけ付)

まるで獣のためだけに作られたような、深山に潜ったことのない人間なら道とは思わぬだろう山道をひたすら進んだ果てに、彼の今の棲みかはあった。
日が長い時期とは言え既に暮れかけている西日の、その赤色に視界は照らされている。
土産に持ってきた酒の入った袋を眺めながら、隼人は一つため息をつく。暫く眉根を寄せて眺めた後、意を決した様に道場――外観は深山幽谷の時代から時を止めているような古寺だが――の門を叩いた。
「…入れよ」
その音だけで誰の訪問かを察したのだろう、家主の感情を圧し殺したような低い声が、戸の向こうから返ってきた。
ガチャリと鍵の開く音がする。だが、隼人が自らの手で開くまでその扉が開かれることは無い。
招かれざる者なのだろう。おそらく。
それでも、けして拒絶することなく自らのために鍵を開ける竜馬に、胸の奥がずくずくと痛むような心地がした。
「あがるぞ」
自ら戸を開けてそう言った隼人の顔を、険しい目線で見やり、竜馬はぶっきらぼうに呟く。
「来るなら、先に連絡しろっつっただろ」
はぁ、とまるで見せつけるように大きく息を吐く。
「事前に連絡すれば、お前は逃げるだろう」
そんな竜馬の反応など意に介していないかのように、土産だと酒の袋を竜馬に渡し隼人は靴を脱いだ。
「燗にするとうまいぞ、それは」
「…ガス代がかかるもん寄越しやがって」
言いながらもまじまじと酒のラベルを眺めている竜馬の姿に、隼人はいけないと思いながらも、眦が自然と緩むのを感じていた。

竜馬が、彼の父が残したこの道場に居を移してから…つまり、早乙女研究所で二人を残し全ての所員とその家族が消え去った事故が起きてから、半年がたとうとしていた。
元々決めていたことだ。竜馬は研究所を去り、隼人は残ると。あの事件が起きた後もその決意はお互い変わらなかった。
隼人は事件の始末を一手に引き受けた。そのため竜馬は早々と研究所を去り、この山深い古寺へと自分の居場所を変えることが出来た。
早乙女が残していた竜馬の父の道場は、道場と名を冠してはいても、その実態は寝入り話の化物寺めいた古寺だった。妖怪退治でもして手にいれたのかと言わんばかりの風情だ。
山奥で長い間野晒しにされてきた建物は勿論あちこちがたが来ていた。一回すべて取っ払って一から作り直した方がまだ近道なのではと言わんばかりに壊滅的にやられていた箇所もあった。
それらをなんとか修理して、最近やっと彼の父の『道場』は、それらしさを得始めたようだった。
「…で、今回はなんの用だよ」
簡素な畳ばりの彼の部屋に通され、隼人の進めた通り燗にされた酒と質素なつまみで暫く一息ついたあと、竜馬は相変わらず色の無い表情で隼人に訪ねた。
無い。そう、あんなに賑やかに、一時も変わらぬ事はないくらい様々に色づいて、その度隼人の心をくらくらと揺らめかせていた竜馬の表情が、今はただひたすらに、何もかもを拒絶するかのように固い。
だが、隼人に――竜馬の失意をもっともよく知る者に――そんな彼の心をどうすることも出来よう筈がなかった。
「いつも通りだ。研究所の…」
「俺にはもう、関係ねぇ」
事件の経過報告だ。と言おうとした言葉を竜馬は、隼人が想像した通りに遮った。
いつも通りのことだ。
この半年間、幾度か彼のもとに通ったがいつもこれの一点張りだ。聞きたくないと言わんばかりに顔を背ける。
「もう俺とは、関係ねぇだろ…ゲッターは」
「あぁ、お前がそうしたいなら、そうなんだろうな」
揶揄するように笑うと、意志の強い目にギロリと睨まれた。
こんな斬り付けるような目で見られる日が来るとは思っても居なかった。とはいえ、こちらもそれは覚悟で来ているのだ。何も気づかないようなそぶりをして、隼人は言葉を続ける。
「今日は、俺のことについても報告があってな」
「…何だよ」
凶刃のような眼差しを少し緩めて、竜馬は言葉の続きをうながす。
「前から幾度か話していた通り、今後のことも考えて…自衛隊に所属することにした…そんなに未練のある話でもないだろうが、ここに来るのは、今日が最後のつもりだ」
「……!」
出来る限り、平静を装いながら言葉を紡ぐ。
竜馬の眼が見開かれるのを、何だか現実ではない、夢を見ているかのような心で隼人は見つめていた。

頭ではわかってはいるのだ。
もう終わった関係なのだと。
それでも、こうやって竜馬と逢い続けていれば、おそらくいつか麻薬のように彼の存在に依存してしまうだろう。
あまりにも過酷な過去を共有した自分との関係は、竜馬にとっても…彼の重荷にこそなれ、幸福にはけして繋がらないことは、隼人は理解していた。
研究所の始末にも目処がついた今、何とかして自分から裁ち切らなければ、おそらくずるずるとこの関係を続けてしまう。
隼人は彼と対峙する時、どのくらい自分が直情的な生き物になるのかこれまでの経験から痛いほど思い知っていた。
そしてさらに悪いことに竜馬はこうなってもけして、自分からは隼人を明確に拒絶しないのである。拒絶しない――どころか。
「酔った」
まだ瓶を半分も開けていないうちから、そう言って竜馬は隼人の肩にもたれ掛かる。
いつも通りだ。話すことがなくなる頃、彼はいつもそう言って隼人の体温に触れてくる。
そんな風に触れられば、隼人がきざさずにはいられないと知って。
「随分早いな…」
「弱くなったんじゃねーの」
「具合が悪いなら布団でも敷くか」
「わるくねーよ、布団、一つしかねぇけど――お前、どうせ今日…」
軽口を叩きあいながらも、互いの身体が触れあう面積が確実に広がっていく。
隼人の腕は竜馬の引き締まった腰に回され、竜馬の顔は隼人の首筋に埋められる。
こうやって煽るように触れられる度に、竜馬らしくない行為だと隼人は思っていた。
そもそも今になってもこうやって彼が身体を求めてくることが心のどこかで信じられない。
正式にここに居を移すと決めたときから、これまでの関係は全て終わったものになると隼人は覚悟していた。
その方が、ずっと彼らしく潔い。
「んっ…」
何故、という疑念はいつも、彼のにわかに艶めく声を聞くうちに何処かに忘れてしまう。
そう、忘れる。お互いだけが世界の全てになる時、外の世界は閉ざされる。
ひょっとしたら、だからなのかもしれない。竜馬が未だに、何かから背を向けるように、隼人に甘えるのは。
そう考えると、隼人の心はどうしようもないいとおしさと、背筋が冷える程の後ろ暗さの二つに裂かれる。
わかってはいる。彼の世界が、閉ざされてはならない。これは、どう考えても彼のためになる関係ではない。だが――。
(いずれにしろ、今日が最後だ)
免罪符のように心中で呟き、隼人は酒に少ししびれている竜馬の舌を、自分のそれで舐めあげた。

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冬ならば、もう少しそばに居られる時間も延びたろうに。
既に明け始める夜の短さに、部屋に差し込む光で目を覚ました隼人は嘆息した。
結局、お互い自然に気を失うように眠るまで、ほとんど一晩中繋がっていたようなものだった。
隼人の身体に抱きつくように眠っている竜馬の、目元に残ってしまった涙の跡を隼人はそっと撫でた。
泣いていた。ずっと。
これまでも行為の中で、隼人の度を越した責めに竜馬が堪えきれず涙を溢したことはあったが、昨夜はおそらく涙の理由から違ったのだろう。
すがるように背に抱きつきながら、竜馬は最後にはしゃくりあげるように泣いていた。嗚咽の合間に何度も名を呼ばれ、口付けられ…いとおしさで気が触れるかと思うほどの情事だった。
お互いの名を呼ぶ声と喘ぎと嗚咽、それ意外、言葉は一つもなかった。
おそらく恐れていた。お互いに――言葉で感情を語れば、今度こそ本当に引き返せなくなる何かが起こる気がしていた。
(そういえば、そういう考えは今まで全く無かったな…)
全て忘れて、二人で逃げる。
今初めて、隼人はそういう道も無くはないのだと思い至った。
そして、瞬時にその考えを捨てた。
下らない。どんなに美しく見えようが、その想像の実態は芝居の書き割ほどの現実味も無い醜いはりぼてだ。
(…一言断って、帰るか)
眉の形まで安らぎに満ちている竜馬の寝顔を見続けていれば、恐らくそれだけ素面に戻るのに時間を要するだろう。
それを考えれば、ここを離れるのはなるだけ早い方が良かった。
とりあえず服を着ようと上掛けの布団を捲る。
起き上がりかけた腕を、ぐ、と掴まれた。
「…送ってく……」
目元の赤の割に感情の褪せた表情をした竜馬が、隼人を見ていた。

山慣れした二人の足でも、一番近い駅まで一時間は掛かった。こんなところに道場なぞ開いても来る人間がいるのか。隼人はかねてから疑問を覚えていたが、道場主はそれに関しては全く意に介していないようだった。
まだ早朝といっていい時刻だ。平日もそう変わりそうには思えないが、休日の朝早いホームには、二人以外誰も居なかった。
運良く…と言っていいのか、10分も待たずに電車が来るようだった。
お互いに特に言葉もなく、プラットホームに立つ。
青空を舞台に、山の彼方から来る雲が一つになったり離れたりを繰り返すのを、隼人は何となく眺めていた。
「隼人、お前…」
どのくらいそうしていたか、竜馬が口を開いた。昨夜の過ぎた情事のせいか、その声は少し掠れ気味だ。
「結局、気はかわんねぇのかよ。ゲッターは…」
「あぁ、俺もできれば、もう二度と動かすことがなければ良いとは思っているがな」
告げれば、疑いを滲ませた眼差しに見つめられた。
竜馬は知っている。隼人がどのくらいあれに惹き付けられているのか。
そして幾度となく、警告してきた。お前の手に負えるものではないと。
しかし、動かしたくはないと言う隼人の言葉も嘘ではない。
後ろ髪を引かれる思いも無いではない。だが、恐ろしい暴走を引き起こすあれを警戒する思いは隼人にとてある。
しかし、どうしてもそれ以外道が無くなった時には、恐らく己は人類存続のためゲッターを動かすだろうと、隼人は確信していた。
そしてその際、恐らく隼人は――巻き込まざるをえないだろう、この力と関わりを裁ちたがっているこの男を。
恋人としてでも友としてでもなく、一つの『戦力』として。
「俺も出来ればお前に嫌われたくはないからな、なるだけあれとは関わらないように…するつもりだ」
己の言葉が今生の別れの台詞のようにも聞こえ、隼人は少し息を詰まらせる。
「ふざけんな…」
「ん?」
予想していなかった単語が耳に飛び込み、隼人は竜馬を見下ろす。
その表情をとらえるより早く、彼にシャツの襟口を思いきり捕まれ、引っ張られた。
「!?」
認識するより早く、竜馬の唇が触れ、すぐに離れる。
「…りょう…」
「何したって…おめぇのこと、嫌いになれるわけねぇだろ」
名を呼び掛けた唇を閉じることを、隼人は暫し忘れた。
嫌いになれるわけない。
そう告げて隼人を見上げる竜馬の表情を、隼人はその後一度も忘れることはなかった。
隼人の好きな、彼の強い意志を素直に示す大きな目に、こぼれ落ちそうなほど水をたたえている姿を見たのが――おそらく、竜馬が隼人の恋人だった最後の時だった。
まだ世界のことなど今に比べれば何も知らなかった少年の頃から、ずっと続いてきた二人の甘い時が全て過去へと変わった。
近づく電車の轍を踏む音だけが、隼人の耳に響いていた。

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ぽっかりと、穴が開いたようだ。
空になった格納庫を見下ろし、隼人は見たままだな、と一人ごちた。
真ゲッターが全てを飲み込み火星へ飛び立ってから、もうすぐ一年が過ぎる。
先の戦いで大いなる功績を残したゲッター線の研究は早々に解禁となり、自衛隊が日本軍になるかもしれないという話まで上がってきている。
上層部のうわついた雰囲気を余所に、隼人はひたすら戦後処理の実務に勤めていた。
激しい戦闘の後始末に追われながら、隼人は未だにあの運命の分岐点に、自分の心のどこかを残しているような気持ちでいた。
(驚くことでもないが…女がいたとはな)
竜馬に良い相手がいたらしいということは、ことの説明のため竜馬の近親者に合ったときにはじめて知った事実だった。
だが、相手の女性は結局最後まで姿を現さなかった。最後の戦いの数ヵ月前、突然竜馬に別れを告げられた後は一度も会っていなかったらしい。
激化する戦況を、竜馬とて知らないわけではなかったのだろう。そしておそらく…自分の運命に巻き込みたくはなかったのだろうと、隼人は想像した。
長い間離れていたにも関わらず、再会した時二人はすぐ、お互いの中の変わらない部分を見つけ出すことができた。友として、共に世界を守ったチームメイトとして…そして、かつて同じ夜を過ごした恋人としても。
しかし、それだけがお互いの全てではすでにないのだ。竜馬がどうだったかは知らないが、残された隼人はどうしても思いを馳せてしまう。自分の知らない流竜馬の姿を、様々考えてしまう。
そして彼のことに意識が傾く度、隼人の脚は自然とこの格納庫に向かう。
今も、そうだ。
竜馬が――そして號が、タイールが。何を知り何のために旅立ったのか。そしてその運命は何故、自分の上には降らなかったのか。
全てはわからない。隼人の頭脳は今はまだ、大いなる謎の前にどこから手をつけるべきかもわからずにいた。
だが、一つだけ確信していることはあった。きっと彼らは、この先の人類の長い歴史のためにとても重要な『何か』を成したのだろう。
その身をあの機体に委ねて。
(どういうつもりだったんだろうか…)
出撃の前…最後に交わした口付けを、隼人は思い出す。
あの時の彼はまるで『隼人の竜馬』そのものだった。
だから、隼人はこの上無く高揚した。ずっと心の中にいた。だが、もう二度と思いを交わすことは無いだろうと思っていた相手ともう一度結ばれるかもしれない――無理だとしても、共に散れるかもしれない――と言う期待に。
勿論、そんな甘えた望みはすべて、ほかならぬ竜馬の手で絶たれたのだが。
(だが、ならばなぜ)
あの時、口付けを許したのか。
一度だけ、急ごしらえの休憩室で竜馬に口付けた記憶が、隼人の脳裏に鮮やかに甦る。
あんな風に受け入れられれば、そしてその上で全ての謎を持って旅立たれれば、隼人の心はもう竜馬から目が離せなくなる。おそらく自分はこれから、もう得られぬ彼への愛に縛られながら生きるのだろうと隼人は半ば確信していた。
(まぁ、そのほうが…俺には似合いだろうがな)
己がこれからも歩むだろう血深泥の道に誰かを巻き込み、その命を無闇に散らせるよりも、その方がずっといいと隼人は考えていた。
そうだ、血深泥の道だ。
すべての始末を終えた後、早乙女研究所の所長として、ゲッターロボの開発に、そして長らく禁じられていたゲッター線の研究に関わることを隼人は決めていた。
人類の上に降る危機が今回で終わるとは限らない。いや、寧ろこの先人類にはより深刻な生存の危機が待ち受けていると考えた方が妥当ではないのか?
運命からこぼれ落ちたものとして、己に残された道は――。
(できるだけ長く、ここで守り続けることだろうな)
友が、仲間が、愛する者たちが命をとして守ってきた人類の歴史を、そして未来を。
その身も、過去に沈むその日まで。
(まぁ、俺にできる限りはやってやるさ、そうすれば )
また会えるんだろう?
最後に真ゲッターから発せられたメッセージ。それはおそらく、あの機体に乗っていた彼等だけでなくゲッターが連れていったすべての魂からの、愛する同胞へのたむけの言葉だったのだろうが。
隼人には確かに、竜馬の声に聴こえたのだ。
今の隼人にとっては、それが蜘蛛の糸にも似たわずかな希望だった。
その言葉の真偽も、真実だったとしてどのような形でその約束が果たされるのかも全く見当がつかない。
ましてや己の、屍を積み重ねた階段を踏み登っていくような足取りが、彼等の場所に届くとは今の隼人にはとても思えなかった。
それでも、進むしかない。
自分の命のある限りは、ゲッター線と共にこの世界を守って、守って守り抜いてみせる。
そして許されるのならば、いつか辿り着きたいのだ。竜馬の言った、ゲッターと共にある…素晴らしいことの真実に。
(そういえば、あの時…)
笑っていたな、と今更の様に隼人は思った。
彼と別れてから今までずっと、隼人の心に居た彼は、どこか別れ際のあの涙の浮かんだ眼差しを引きずっていた。
だが、今は違う。最後の時、彼は笑っていた。
そして告げてくれた。また会えると。
それはどんなことより素晴らしいことかもしれないと、隼人は思う。
唇に、あの時の竜馬と同じような穏やかな笑みを浮かべながら。
そんな笑い方は、もう長い間隼人は忘れていた。それでも、彼の心の中で竜馬が笑えば、隼人もまた自然と穏やかな笑みを浮かべてしまうのだ。
まるで子供の頃からの、変わらない癖のように。

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隼人がもぬけのからになった格納庫を背にする頃。
未だ痛々しい傷跡を残しながらも、新しい使命を得るその日を待ちながら天を見上げる浅間山早乙女研究所の遥か頭上。
ごうごうと流れる水を得た赤い星が、宵闇の中輝きはじめた。

2013.8.18 UP

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まあ、冷静に考えて真ゲッター最後のあの事件の時点で関係すっぱり終わってる方が普通だよね。
そう思いつつワンチャンあったんじゃね?どうなの?うーんどうだろ…。みたいな諦めの悪い事を考える脳みそだからこんな残念な事になるんだ。

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