悪くない (サーガ無印。隼人と竜馬。出会ったばっかりなのにこの過保護さである)

悪くない

傍から見れば拉致同然のやり方でここに連れてこられたにもかかわらず、さほど日もたたずに隼人は研究所での生活に適応しはじめていた。
早朝から夜更けまでゲットマシンのパイロット訓練と所内での仕事が詰まっている、息つく間もないような生活だった。だが、ここでの日常はあの健全とは言い難い高校生活とは比べ物にならぬほど充実していた。
ここに来るまでの経験ですでに多少のことでは動じなくなっている隼人だったが、今は久しぶりに驚いていた。目の前にいる男がこんなに自信無い表情をしているのを見るのは、彼に出会ってから初めだった。
「なんだ、話とは」
夕刻、そろそろ夕飯も近いしと現場を上がった隼人は、ゲットマシンの格納庫にほど近い廊下で作業着姿の竜馬に呼び止められた。
彼と顔を合わせるのは午前中の訓練以来だった。本人の希望もあり研究員としての仕事にも携わり始めている隼人は、パイロットメインの竜馬よりも随分と忙しい。竜馬も作業員としての仕事はいくらかしていたが、研究者よりは人が足りているためか、非常時でもなければスケジュールには案外と余裕があった。
「隼人、あのよ、頼みがあんだけど…」
そう言って上目づかいに自分を見上げる竜馬の表情は、いかにも困り切っていた。
珍しいこともあるもんだ、と思いながらも隼人は言葉の先を促した。ここに来てから寝食を共にしていたが、自分より随分と感情を素直に発露させる彼には、まだまだ隼人が見たことが無い表情が多くあるようだった。
「えーっと、うー…」
暫く、竜馬は言いにくそうに何やら口ごもっていた。
「リョウ、言わねぇとわからんぞ」
「う、そーだよな、わりぃ…えっと、今、忙しいかお前?」
「――いや、もう後は飯を食うだけのつもりだが…本題はなんだ」
中々切り出さない竜馬に、隼人は少し焦れた。明確な目的が無い会話は、あまり好きでは無い。
急かされて、ついに竜馬は口を開いた。
「頼む!ゲットマシンの整備、手伝ってくれ!」
「………ん?」
竜馬の方が慣れている筈の整備について頭を下げられ、隼人は思わず訝しげに片眉をひそめた。
外で何かあった時の対処の為にもと、ゲットマシンの整備は各パイロットに任されていた。
隼人の乗るジャガー号は先日様子を見たばかりだった。そう言えば、イーグル号はここ最近整備されてなさそうだったと隼人は思い至った。
「手伝うと言っても――何かあったのか?」
疑問に思って訊くと、竜馬は少し気まずそうに視線をそらした。

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外に見張りがいるだけで、格納庫の中には二人以外誰もいなかった。
「…なるほど、線を切っちまったか」
整備途中の機体の下から抜け出して、隼人は納得したようにそう呟いた。
いくつかの配線が、どう見ても腕力でちぎられたであろう悲しげな姿を隼人の目前に晒していた。
「整備しててよ…ちょっと、手ぇ滑っちまって…」
「だが、元々の配線図があるだろう。それに沿って直せば」
「えーっとそれが、俺にはちょっと…今までいじったことねぇとこだからいまいち…」
「…」
気まずそうに後ろ頭を掻きながら苦笑いする竜馬を見て、隼人はしばし呆けた。
「いつもは博士とかエンジニアの人に教えてもらってたんだけど、今誰もいなくてよ…おめぇ頭いいだろ?頼む!」
「…整備ぐらいは出来んと有事の時困るだろ」
「えーっと、それはその、俺、機械はちょっと…」
「…」
別に、配線が解らない事自体は意外ではなかった。自分と違い、竜馬はここに来るまで機械自体ろくに触ったことが無かったらしい。
パイロットの訓練には座学も多少あったが、先に範囲について自習しているためほぼ復習に近い隼人の隣で、竜馬はいつも講義の間難しそうな顔をしているか生あくびをかみ殺しているかだった。早乙女も竜馬に対しては、どちらかというと実戦訓練を重視しているようだった。
意外だったのは、この男に自分が頼られたことと――己が案外と、それを面倒だと思わなかったことだった。
「…直すのは構わんが」
「まじか!助かるぜ!」
ぱあっ、と一気に竜馬の表情が明るくなる。満面の笑みで安堵され、隼人は思わず自分も笑顔を返しそうになった。だが、何故か何かに負ける様な気がして、その衝動はぐっと堪えた。
「その代わり、俺も教えてやるからきちんと配線を覚えろ。面倒だが、つまらん故障で戦闘不能に陥られればそっちの方が余計面倒だ」
「う…わ、わかった」
確かに、今のところ正規のパイロットは二人しかおらず、このマシンもそう簡単に換えが効くものではない。言い様はキツかったが台詞の内容はもっともで、竜馬は難しそうな顔をしながらもこくこくと頷いた。
「――夕飯までそう時間も無い…工具はあるんだろ?リョウ」
「あ…箱あっちに置いたまんまだった!ちょっと待ってろ」
工具箱を取りに走る竜馬の背を見ながら、隼人は暫くはイーグル号の整備に自分も付いてやる必要がありそうだなと考えていた。
(…過保護すぎるか?)
そこまで他人に構った事など無かった気もするが、一応どちらが欠けても困るチームメイト同士だ、仕方がない。
自分にしては珍しい行動に、隼人はその時はそう理由をつけた。

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妙なやつだ、と思っている。
初めて会った時も得体が知れない男だと思っていた。出会って暫くたった今、ある意味初めての頃よりもさらに竜馬は謎めいて見えた。
時間が経過しても、ここまで己に対して態度を変えない人間は初めてだった。
出会った時さも気安い友人の様に接してきた相手でも、隼人と暫く付き合うと態度が変わることが常だった。優秀だがどこか得体のしれない彼に恐れをなし、よそよそしく装うようになるか、崇拝するようになるか――大抵はどちらかだった。
研究所の所員もそうだ。そう日もたたぬ内に、驚異すべきスピードで研究者として必要な知識を吸収していく隼人は、早くも『早乙女が連れてきた危険人物』ではなく、研究員の一員として認められつつあった。白衣に身を包み研究所の廊下を歩きながら、隼人はその背にいつくかの畏怖の眼差しを感じていた。
だが、竜馬は変わらない。会った日のままの不敵さと明るさで隼人に接してくる。隼人が何に黙ろうが、呆れようが、驚こうが怒ろうがお構いなしだ。むしろ、最近彼が自分の名を呼ぶ声には多少の親しみさえ感じられる。その機微は、隼人にとっては酷く懐かしいものだった。
それはおそらく己だけでなく誰に対してもそうなのだろうという事は、早乙女の家族や他の所員と話す竜馬を見れば想像に難くなかった。向う見ずすぎるきらいはあるが、己の性格が本質的にけして大らかでは無いだろう事を考えると、組む相手が竜馬だったのはどちらかと言えば幸運だったと隼人は思っていた。
だから、彼が数ヶ月前父の仇打ちのために空手の大会に乗りこんだ少年――同年代にそんなとんでもない人物がいるという噂は、隼人の耳にも届いていた――と同一人物だと知った時には、驚いた。そんな昏い情念は、今の彼からはさっぱり感じ取れなかったからだ。
『だってよ、思ったよりあっけねぇんだぜ。なんか拍子抜けしちまってよぉ。それにその直後だぜ、おめぇみてぇに無理矢理ここに連れてこられたの。あんなもん見たらもうなんか、どうでもよくなっちまうぜ。』
まだここに来たばかりの時分、同室で話す事も見当たらなかったためお互いの生い立ちについてぽつぽつと話し合ったことがあった。空手の大会の事を訊くと、竜馬はそう言って少し拗ねた顔をした。
あっけない――。その言葉は、隼人のそれまでの人生に随分とついて回った言葉だった。自分と同じように選ばれた男の唇からその言葉が漏れた事は、隼人にとってそれなりに衝撃だった。そして確かに、今巻き込まれているこの事態に較べれば、以前この身に蟠っていた虚しさも狂気も、あまりにもちっぽけだったと隼人は思った。
しかしそれを差し引いても、その客観的に見れば孤独な生い立ちを知れば知るほど、竜馬が今明るく笑って生きているのは隼人にとって不思議だった。何かが根本から変わったのか、それとも天性の物なのか――。
彼にしては珍しく、隼人はもう少し竜馬個人の事を知りたいと思っていた。しかしこれまでの人生で詮索するほど他人に興味を持った事は殆ど無く、めまぐるしい日々に忙殺され部屋は最近ただ寝る為の場所になっているせいもあって、中々それ以上竜馬と何かを話す機会は無かった。

「ど、どーだ?直せそうか?」
横になっている足元から当の竜馬に呼びかけられ、隼人は一度手を止めた。
「ああ、応急処置は出来そうだ。だがこりゃあ後で博士に、線自体交換してもらうように頼んだ方がいいかもな」
「ええー!怒られちまうかなぁ…」
「だろうな、まあ、自業自得だ」
「うう…しゃあねぇかぁ」
おおよそこれまでの彼らしくない弱気な声が聞こえて、隼人は顔を見られていないのを良い事に声を殺して笑った。
一通りの処置を終えて、機体の下から身を起こす。
「わりぃ、助かったぜ」
「あぁ。何の線がどうちぎれていたのかは、後で部屋で図面を見ながらみっちり教えてやる」
「あ、その辺は、お、おてやわらかに…」
脅しをかけるように笑うと、竜馬の笑顔はあからさまに引き攣った。
「でもよ、ホントにありがとよ」
「そこまで礼を言われる程のことはしていない」
工具箱の蓋を閉じながら、竜馬は改めて礼を言う。ただこれだけのことでそんなに感謝されるのは、隼人にとってはどうもむずがゆかった。
「だが、意外と時間はかかっちまったみてぇだな」
外していた腕時計をつけなおして、隼人は案外と時が立っているのに気付く。
「あ!ほんとだ!もー日がくれちまってんなぁこりゃ」
格納庫の中からはわからないが、この季節なら外ではもう月が昇っているだろう時間帯だった。
「…夜間訓練の時とかさ、山の上だからかもしんねぇけど、星がよく見えるよなぁ」
「ああ、そうだな」
『急ぐか』と言いかけた言葉を、隼人は飲み込んだ。先程自分が整備してやったばかりの機体を眺めながら、そう笑う竜馬の言葉を遮る気にはどうもなれなかった。
「――初めはよ、とんでもねぇことになっちまったと思ったんだ。朝から晩まで訓練ばっかだし、わけわかんねェやつらと戦わなきゃいけねぇしよ」
「…俺もだ」
おそらく、ここに連れてこられたばかりの頃の話だろうと考えて、隼人は頷いた。
「でもよ、こいつに乗ってるのは、嫌いじゃねぇ」
「俺もだ」
今度は心のままに即答すると、竜馬は嬉しそうに笑いながら隼人の方に向き直った。
「だよな!おめぇ初めて乗った時と比べたら、随分マシになってるもんな!」
マシになった――。たしかに、その通りだった。ゲットマシンの超加速にも、己がメインパイロットとなるゲッター2の操縦にも、初めての頃に較べればかなり慣れた。次いつ敵が出てこようが、そいつらにも――目の前の彼にも、決して後れは取らないと思える程には。
しかし、初めて乗った時散々だったことを知っている竜馬にそう言われるのは嫌ではないが何だか悔しく、隼人は素直には喜べなかった。
「…マシとは随分な言い様だな。お前ほどこいつに無茶はさせてないつもりだが」
「へっ、てめぇはまだわかんねえだろうけど、実戦じゃあ無茶しなきゃ何ねぇ時ばっかなんだよ」
経験は自分よりあるとはいえ、訓練では血気に逸り勝ちなところを早乙女にまま詰られている。そんなことを思い出して指摘すると、竜馬は減らず口とも取れるようなことを言ってのけた。
けしかけると言い返す。そういう素直でわかりやすいところは、隼人は意外と気に入っていた。扱いやすいからだろうと初めは思っていた。だが、最近では何も飾らないそのままの感情を自分に向けてくれる事が、どうやらただ嬉しいのだと理解し始めていた。
こんないかにも同年代めいた掛け合いは、どんなに近しい友とも今までした事は無かった。ここまで『普通ではない』境遇になって初めてそういう相手が出来たというのがある意味己らしいかもしれないと、隼人はそんなことすら思っていた。
「まあよ、博士は爺さんだし、操縦に関しちゃ他の奴らは頼りねぇし、俺らがしっかりしてやるしかねぇよな」
「そうだな」
早乙女博士が聞いていたらまず間違いなく怒るだろう竜馬の台詞に、隼人も口角を上げて頷いた。殆ど彼がいなければ立ちいかない組織だと言うのに、早乙女は無理がたたろうともまだこりずに前線に立つ。確かにあれは不安だとは隼人も思っていた。例え身体にガタが来ていても、己が作ったものの性能は己の身をもって知りたいと考えてしまう研究者の業を隼人が知るのは、まだまだ先のことだった。
「改めていうのもなんだけどよ、いつまでになるか知らねぇが、まぁ、俺らしかいねぇんだ。よろしく頼むぜ」
「あぁ、腹はくくったさ――」
考えてみれば、二人きりでこんなに確りと話をしたのはここに来たばかりの夜以来だった。その夜よりも随分と気を許した笑いを見せる竜馬に、隼人は自然と腕を伸ばした。期待通り、まるでそうするのが当たり前かのように握り返される。恐らく皮膚が擦り切れたことが何度もあっただろう格闘家らしい掌は、自分のそれよりも少し体温が高かった。
「ま、長い付き合いになれるよう、精々頑張ろうぜ」
にっと笑いかけられ、隼人も同じように笑った。そう言った少年の瞳の奥に燃えている炎は、今まで隼人がどんな他人の瞳にも見たことがない色をしていた。

「あらあら、仲が良いのね」
「っわ!ミ、ミチルさん!」
格納庫の入り口にいつの間にか立っていた博士の娘ミチル――血は繋がっているが早乙女とは全く似ていない。機械と男まみれの職場の中の、まさに汚されてはならない一花だ、と隼人は柄にもなく思っていた――に声をかけられ、竜馬は慌てたように隼人の腕を振り払った。
「夕ご飯の時間なのに二人とも来ないんだもの。探しちゃったわよ。ゲットマシンの整備?」
「あ!はい!いやぁ、ちょっと手間取りましたけどもう終わりました!すいません!」
つい先程まで握手していた手で後ろ頭をかき、竜馬はへらっと笑う。彼の温もりが名残だけになってしまった己の掌を、隼人は暫しじっと見詰めてしまった。
「そう。二人ともまだ来たばかりで大変だと思うけど、ご飯はちゃんと食べた方が良いから…準備はできてるから早く来てね。隼人くんも、ちゃんと食べないと駄目よ。」
「あ、はい…」
にっこりと笑ったミチルに諭すように言われ、隼人は思わず素直にうなずいた。
「おめぇも最近は、前より食べるようになったよな」
「あぁ、まあ…食わんと持たんからな」
前はゆらゆらしてたもんなぁ、と背を叩きながら竜馬が笑う。確かに、彼のいう通りだった。
ここにくる直前まで、隼人の肉体は彼自身の、常に研ぎ澄まされ異常に覚醒し昼も夜もなくぎらぎらと輝き続ける精神の僕だった。寝食を忘れて、隼人は己が業を積み重ねるための企みに腐心し続けた。
研究所に来てからは肉体と精神の比重は拮抗しつつある。研究と訓練にまみれた目まぐるしい生活に適応するためでもあったが、目の前の少年も理由のひとつだった。
真横でいかにもうまそうに飯を平らげられると、自然とこちらの食も進んだ。と言うか、取り分けのおかずなどは食わないと取られるためとにかく自分の分は確保して腹にいれる必要があった。
夜も同じだ。早寝早起きが染み付いているらしい竜馬は就寝の時間にはころりと寝る。穏やかな寝息を聞いていると、物音を立てて邪魔する気にもなれない。
お陰で、すこぶる体調はよかった。
「まぁ、ミチルさんの料理は美味しいですしね」
「ま、リョウくんたら」
竜馬の言葉に嬉しそうに笑うミチルも、その食べっぷりを気に入っているようだった。
「ふふ、この間喜んでもらえたから、今日はまたハンバーグにしてみたの。お父さんも待ちくたびれているから早く来てね」
「え!博士待ってんの!」
「そうよ、さっき帰ってきて、今日は都合がつきそうだからって――。これ以上待たせると怒られちゃうかもしれないんだから」
花の様な笑顔を残して、ミチルは食堂へと戻って行った。
「――やべぇ!隼人!いそがねぇとよけい怒られちまう!」
「余計?」
「だからよ、線切っちまっただけでもやべぇのにこれ以上待たせたりしたら…!」
「ああ、なるほど」
「ほら、ぼーっとしてらんねーよ!急ごうぜ!」
竜馬の言葉の意味に納得していると、その姿がいかにも悠長に見えたらしい彼に衣服の腕の部分をぎゅっと引っ張られた。
「わかったから、少し落ち着け」
苦笑して言いながら、そういえば初めて彼と会った時もこうやって急かされた気がすると、隼人は思った。
あの時は酷い嵐に抵抗も出来ずに巻き込まれているかのようだった。だが、あれからそう時がたっていないにも関わらず、今ではこうやって竜馬に構われるのは、隼人にとって存外悪くない感情を抱く出来事に変わっていた。
あんまり厳しくしたら、ひょっとして嫌われるだろうか。
食後、竜馬に叩き込むつもりのゲットマシンの配線図を脳内で整理しながら、いつのまにか彼には出来れば嫌われたく無くなっている自分に気付き、隼人の苦笑は誰にもばれないままにより一層深まった。

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2014.9.17 UP

であったばかりだからもうちょっとよそよそしい感じにしようと思っていたのに、気が付いたら初めっから隼人がめっちゃ過保護だった。ざ、ざんねん…。

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